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 そう、本来ならば義理の娘の心情など推し量れる様な細やかな配慮の出来る男では無いはずのエドモンドだが、今や中身だけはこの世界(ゲーム)を舐めるように網羅した元ゲーマー。   ちょっぴりオタクっぽいのが気にはなるが、基本真面目で情には厚く、困った人には手を差し伸べる様な善良な人格の女性が今の彼の中の人である――   覚えている限りではあるが。  彼女―― それともエドモンド?―― の灰色の脳細胞は前世のゲーム上の展開とエドモンドの知識の摺り合わせに高速で取り掛かった。 ×××  レオハルト王子攻略の正規ルートだけの場合、婚約破棄後のロザリアは父である公爵の手配によって国外追放と見せかけて隣国へ留学。  そこで新たな伴侶を得て幸せを掴んだことになっていた。  これが裏ルートでヒロインがエドモンドルートに突入すると義父とヒロインの濡れ場を彼女が目撃してしまい、衝動的に家を飛び出して隣国の修道院に流れ着きそこで一生を過ごす事になる。  ゲームをやっていた当時はこの流れに対して『なんでやねん?』と感じたものだが、よくよくゲーム画面上のムービーを振り返ってみればエドモンド視点でのロザリアの表情は、12歳の時の初顔合わせの時からずっと彼と会うたびに目をキラキラとさせてうっすら頬を染めてエドモンドを見上げていた。 『あ~、そっか~・・・ロザリアはエドモンドの事を父親じゃなくて男性として好きだったのか~・・・ 好きだった義父が自分と同い年の女性、しかも自分を排除した女を恋人にしたんだもん。そりゃ傷つくよねぇ・・・エドモンドって恋愛経験値低そうだもんな~ その辺りの配慮ができなかったんだろ~な~・・・って、今は自分がそのエドモンドだったわ! 裏ルートでヒロインが自分を選んだらまずいじゃん!』  罪のない筈の公爵令嬢が若い身空で修道院に行ってしまうではないか。  ソレは駄目だよ!  そもそもゲームだから仕方ないのかも知れないが元を正せばロザリアは婚約者である王子の浮気と肉食系ヒロインのやらかしの被害者である、と彼女の脳細胞はそう結論付けた。 ×××  「殿下、王族として御身をお考えになられよ。それ以上は口に出すことはまかりなりません」  唸れ! 私の――エドモンドの?―― 灰色の脳細胞ッ! 公衆の面前で婚約破棄の上に国外追放なんて言われたら取り返しがつかないよッ!! なんとかこの場を乗り切るんだ~~~! 「其れはどういう意味だ公爵?」  エドモンドの言葉が気に入らなかったのか片眉を上げロザリアに向ける刺すような視線を公爵にそのまま向ける第三王子。  と、その周りの取り巻き達・・・だったが。 「殿下の仰る、我が娘の『悪辣な嫌味』の内容はどう考えても常識的なマナーの範疇の内容であり、しかもソレを告げられるそこな男爵令嬢の振る舞いを見かねて筆頭公爵家の嫡女として貴族の子女のあり方を説いたに過ぎません。そもそも・・・」  18歳になったばかりの若者達に睨めつけるような視線を送り返しながら、娘にそれとなく寄り添い彼女の腰を抱くエドモンド――因みに目の前の仕事に全神経を集中している彼――彼女か?―― は、気が付いていないがロザリアの顔はすっかり薄紅色に染まっている。  そして元騎士、そして若き公爵としてのエドモンドの視線の強さに、思わずたじろぐ王子と愉快な仲間達。 「我が娘がその苦言とやらをその令嬢に言い聞かせるという姿勢を学園内で周りの生徒達に見せていたからこそ、殿下や周りの取り巻き達に対して彼女が市井の裏路地にいるのような振る舞いをしていても何のお咎めが無かったのですよ? 何故そんな簡単なことが理解出来ないのですか?」 「なッ! なんですってッ?!」  エドモンドの言う『春を売る淑女』とは売春を生業としているプロの女性達のことだ。  この言葉でリリアは顔を赤くしたのだが、続けた言葉は要するに筆頭公爵家の令嬢であるロザリアが男爵令嬢、しかも庶子で貴族に仲間入りを果たしたばかりのリリアの取る不躾な態度を逐一注意をし続けているのを周りに見せていたからこそリリア嬢は未だに貴族の令嬢としては未熟で幼いのだという事を示していたのだ―― この辺りはエドモンドの知識を拝借した。 「そのような態度の下位貴族の御令嬢が未だに無事なのはどうしてなのかという事に気づくべきでしょう」  子供のする幼い振る舞いだからと周りの大人も多少の事は大目に見てくれて黙っている、つまり消される事なく生かされているのだという意味である。 「我が娘に対し、その恩に気付くことも無く未だにそのような振る舞いを続けるご令嬢が殿下の想い人ですか。いやはや成る程勇気あるご令嬢ですね」  要するに高位貴族の当主達が本気で邪魔者だと彼女を判断すれば下位貴族、ましてや男爵家の庶子など吹けば飛ぶような存在なんだよ、とエドモンドはこの場で公言したのに他ならない。  何事も親身になって叱ってくれる人がいるうちはまだ良いのだ。何をしても叱られない、注意もされないのはある意味見放されているのと同じなのだから。  この言葉を聞いて王子達壇上の者達以外の学生とその保護者達―― もちろん漏れ無く全員揃って貴族である―― が一斉に視線を向けた先は、レオハルト王子と彼の腕に胸を押し付けるようにしてぶら下がる男爵令嬢だった。  勿論彼等の視線が好意的では無いのが彼らにも分かったのだろう。  王子以下取り巻き達の顔色は一斉に悪くなった。 「殿下、このような公式の場で我が娘との婚約破棄を高らかに宣言したという事は、それだけその男爵家のご令嬢にご執心ということでしょう。つまり今、巷で流行りの『真実の愛』とやらを見つけたということでありましょう?」 「う。うむ、そうだ、私は真実の愛を知ったのだ! 故にリリアを私の妻として迎え将来的にはフォンド公爵家を継・・・」  ――おいコラちょっと待てや。 「は? 何故我が公爵家が殿下の『真実の愛』とやらに関係あるのですか? 殿下はそこな男爵令嬢を妻に迎えるとまさに今、公言したばかりです。ならば陛下に直接願い出て臣籍降下し、新たな爵位を構え彼女を妻に迎える、若しくは男爵家に殿下が王権離脱し婿入りする。そのどちらかしか有り得ませんな。王族は下位貴族から伴侶を得ることは出来ないと王国法で決まっておりますので」 「いや、あの私はフォンド公爵家を継ぐ予定で座学を始めるから・・・次期公爵に・・・」 「殿下、。フォンド公爵家を継ぐのはロザリアの婿です。フォンド家の血を受け継いでいるのはロザリア。そして彼女の婿になった者との間に産まれる子供ですからね」 「いや、だがしかし・・・」 「この際はっきり申し上げますが例外はありません。貴方はロザリアの夫になる事を『否』と、この衆人環視の中で公言なさったのです。しかもこの場には国王陛下もいらっしゃいますので、陛下が殿下の言葉を『否』と是正しない限り王族としての殿下の言葉は行使されるべきでしょう」 「「「「「「え? 陛下?」」」」」」  この場には国王は不在の筈と、全員が会場を見回した。 「エドモンド、呼んだかー?」  遥か彼方の天井に吊り下がる超巨大シャンデリアから一本のロープが突然つつーっと垂れ下がって来て、そのロープをまるで猿のように伝いスルスルッと降りてきたのは誰あろうこの国の国王陛下。  ――こういう人だよ、このヒト(陛下)・・・   彼に振り回された近衛時代の黒歴史をエドモンドの記憶の中で見つけた時にはドン引きしたわ・・・   公爵(転生者)が思わず遠い目になったのは仕方ないだろう。 ――――――― 猿呼ばわりされる陛下・・・
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