大雨の日に

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大雨の日に

 リアンとの日々は穏やかに過ぎていった。俺の幸せな記憶には必ずどこかにリアンがいた。  俺は中学にあがり、サッカー部に入っていた。しかし最近は長雨でグラウンドが使えず、休みが続いていた。体力を持て余していた。 「なあ。リアン。退屈じゃねえか?」と俺は言い、リアンの背中を撫でた。リアンはうつ伏せになっていたが、体を反転させて仰向けになった。お腹を撫でて欲しいらしい。俺はリアンの差し出したお腹を撫でた。リアンは気持ち良さそうに目を細めた。 「やっぱり、退屈じゃねえか?」と再び俺は言った。するとリアンは身を翻して立ち上がり、リードを咥えて来た。 「おっ。行くか、散歩?」と俺が言うと、『散歩』という言葉に反応したのか、リアンは小さく遠吠えした。 「でもなあ?雨、降ってるからな」と俺が言うとリアンは抗議するように前足で俺を軽く小突いた。 「分かったよ。少しだけだぞ。帰ったらシャンプーするからな。覚悟しとけよ」と俺は言い、リアンの顔を両手で挟んだ。リアンは小気味良い声で吠えた。  雨は小雨になっていた。傘を持って行くべきか迷うぐらいだ。近所を一回りする程度だ。傘は要らないだろう。リアンだけ雨に濡れるのは不公平だ。  家から出るとリアンはかつて無い勢いでリードを引っ張った。いいコにして我慢していただけで、フラストレーションが溜まっていたみたいだ。時折、意味も無くジャンプし、遠吠えを繰り返した。そんな様子を見ていると連れ出したかいがあったというものだ。  しばらく歩いていると雨足が強くなった。引き返すのが賢い選択だっただろう。でもあんなに楽しそうにしているリアンを見ているともっと連れ出してやりたかった。いや、俺自身、もっと外の空気が吸いたかった。走り回りたかった。 「行くぞ、リアン」と俺は言い、走り出した。目指すは公園のベンチ。あそこなら屋根もあるし、雨宿りができる。また小雨になった時に家に向かえば良い。リアンは「わんっ!」と吠え走り出した。尻尾はちぎれそうなくらい喜びを表現していた。  結局、ベンチに着く頃には俺もリアンもびしょ濡れになった。けど、寒くなんか無かったし、リアンは楽しそうに飛び跳ねていた。俺がベンチに腰掛けるとリアンもその傍らにお座りした。 「雨、すっげえ降ってるなあ」とリアンに声をかけた。リアンはこちらを見上げ、俺の膝に前足を掛け、顔を近づけてきた。  リアンは俺をしばし見つめ、首をかしげた。そんなリアンの仕草を可愛いな、と思い見ているとリアンはさらに顔を寄せて、俺の頬を舐めた。 「おわっ!ちょっと待て」と俺は言いながら、体勢を崩し、ベンチに仰向けに倒れた。背中がベンチに着いた時、背中に濡れたシャツが張り付く感覚があった。 「やったな。コイツ」と俺は言い、起き上がってリアンを捕まえようと手を振った。しかし、リアンは素早く身を翻し、俺の手から逃れた。 「待て!リアン!」と俺は叫び、リアンを追った。リードを引っ張ればすぐに捕まるが、それは反則だ。  リアンは踊るように跳ね、俺を翻弄した。  俺たちは雨の中、濡れるのもお構いなしで走り回った。 「よし!捕まえた!」と俺は言い、リアンを抱きしめた。雨に濡れているが、温かな手触りが伝わってきた。  気がつけば雨は上がっていた。  リアンが空を見て吠えた。俺も視線をリアンから空に向けた。 「すっげえ」と思わず呟いた。  そこにあったのは大きく鮮やかな虹。地面の端から端まで綺麗に架かった七色の橋だった。虹は何度も見た事があった。けれどここまで美しい虹ははじめてだった。リアンが虹に向けて遠吠えをした。 「でかい虹が出てた」と風呂から出た俺は言った。ちなみにリアンはシャンプーをされ、疲れ切った表情でうつ伏せに倒れていた。耳も尻尾も哀れなくらい伏せられていた。 「虹の根本には宝物が埋まっているそうだぞ」と父がウンチクを傾けた。父は語りたがりだ。「後は……龍が水を飲みに来ているとか、亡くなったペットがたもとで飼い主を待っている、とも言うな」 「亡くなったペット?」 「ああ。そういう詩があるらしい。なんでも亡くなったペットは虹の橋を渡って天国に行く。で、飼い主が亡くなると虹の橋のたもとで飼い主を待っているんだと」と父は言い、リアンに視線を向けた。 「なんか縁起わりぃ」と俺は言い、リアンを抱きしめた。リアンはそんな事を気にする様子もなくあくびをした。
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