別れ

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別れ

 俺はシャーペンを置き、溜め息を吐いた。机の隅に置いてあるカレンダーが目に入った。試験までは残り3週間だ。数学は公式は覚えたし、基本は何とかなる。けど応用になると手も足も出なかった。歴史の年号なんかは頭が記憶するのを拒否しているようだった。まるで時間が足りない。気分がささくれ立つ。俺は天を仰ぎ、再び溜め息を吐いた。その瞬間。妙な音がドアから響いた。  ガリガリガリガリ。 「何の音だよ?」思わず声が裏返ってしまった。時計を見ると丑三つ時。幽霊の出る時間だ。なんだよ。何の音だよ。今まで聞いた事のある怪談話が頭を駆け巡った。俺は高3で1人でトイレに行けない歳じゃない。けどよ。何の音だよ。なんか、意識すると急に行きたくなるじゃないか。  ガリガリガリガリ。  再び音が響いた。 「やべぇ。なんかトイレ行きてぇ」と俺は声に出した。歌でも歌いながら行くか、と俺は意を決してドアを開けた。 「お前だったのか」  目の前にはリアンがお座りをして俺を見上げていた。舌を出して笑っているように見えた。 ガリガリ音はリアンが前足でドアを引っ掻いていたのだ。  俺はリアンを部屋に入れてやり、撫でてやった。リアンは気持ち良さそうに目を細めた。  それから毎晩、リアンは俺の部屋に来た。ささくれ立った気持ちもリアンに触れていると和らいでいった。なんだか見守られているそんな気がした。受験は孤独なんかじゃなかった。  俺は無事に大学に合格した。俺だけの力では無理だった。リアンのおかげだ。でもその結果、リアンと離れ離れになってしまう事になった。  勿論、行きたいからこそ受験をしたのだし、一人暮らしも興味があった。でも傍らにリアンが居ないのは嫌だった。 「大丈夫よ。どうせ夏休みとか帰ってくるでしょ?それにリアンの事はちゃんと面倒みるから安心して行っておいで。留年なんかしたら、リアンと過ごす時間が減るから死ぬ気で勉強しなさい」と母は言い、その言葉に背中を押されて、俺は決心した。 「いいコにしていればまた会えるからな」  俺はリアンにそう言い残し、家を出た。またすぐに会える、そう自分に言い聞かせて。
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