最期の言葉

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最期の言葉

「リアン、なんだかちっちぇな」と俺はスマホを見て呟いた。画面には母から送られて来たリアンの画像が映し出されている。スマホで写真を撮る事を覚えた母が送ってきたのだ。  一緒に暮らしていないからだろう。俺の記憶の中のリアンは雨の中ではしゃいだあの時から変わっていない。でも現実は違った。幾分、体が小さくなったし、目元をみると老いてきているのが分かった。焦りが胸に湧いた。けど、俺自身は若く、写真ではリアンの老いは実感が湧かなかった。明確な理由なんてないまま、大丈夫だ、なんて思ってしまった。  けれど、そんな事は甘い考えだった。  スマホの画面を見つめ、俺は血の気が引いた。夏であるにも関わらず、寒気がした。立っていられず、道端で座り込んだ。画面の中には点滴に繋がれたリアン。さらに『リアン危篤』とあった。呼吸が浅くなる。目の前が暗くなる。俺は震える体を叱咤し、立ち上がり、走り出した。  実家へ向かう新幹線の中でメールが届いた。本当に短いメールだった。でも意味を理解するのに時間が掛かった。受け入れる事はできそうに無かった。メールを読み終えた俺は窓の方を見た。目に入ったのは夜景じゃなくて目を腫らした俺自身だった。 「リアンは?」俺は実家のドアを開けるやいなや『ただいま』も何も言わず、母に尋ねた。 「アンタの部屋」と母は言った。母の方も『おかえり』なんて言わなかった。  リアンは俺の使っていた座布団の上に寝かされていた。俺はリアンに触れた。柔らかな毛並みは昔のままだった。 「リアン。今までありがとう」と俺は言った。『さよなら』は言いたくなかった。リアンを撫でていると、たくさんの想いが溢れた。でも最後に残った想いは後悔だった。 「苦しんだりせずにね。私が気づいた時にはもうね……。本当にね、最後までいいコだった」といつの間にか隣に座っている母が言った。声には涙が混じっていた。 「どうして俺の部屋なの?」と俺は言った。最近のリアンの写真は全て俺の部屋で撮られたものだった。いつもリアンはリビングの窓辺にいた。そこの座布団の上がリアンのお気に入りの場所だったはずだ。  母から返事は無かった。俺はリアンから母に視線を向けた。母はひどく気まずそうだった。 母は視線を泳がせ、俺の方を向かずに口を開いた。 「リアン、アンタの部屋に居たがったのよ。リビングでご飯を食べると、すぐに階段を上がってアンタの部屋の前に行くの。でもドアが開けられないじゃない?それで私や父さんが前を通ると泣くのよ。で、アンタの部屋に入ると泣き止んで、落ち着くのよ」 「そう」と俺は呟いた。俺はリアンのぬくもりの消えた頭を撫でた。 「じゃあ、私はリビングに戻るから」と母は言い、俺の部屋から出て行った。  俺はリアンの亡骸を見つめた。俺はリアンとの最後のやりとりを思い出した。  俺は最後になんて言った?  リアンになんて言った?
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