思い出

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思い出

 どれくらい時間が経っただろう。空はさっきよりも暗くなった。  ボト、と音が聞こえた。静かな公園にやけに大きく響いた。  俺がスマホから顔を上げた瞬間、勢いよく雨が降り出した。  その時、15歳くらいの女の子がベンチを駆け込んできた。雨宿りだろう。俺は端へ寄り、再びスマホに目を落とした。  画面の中では、生きている内に撮られたリアンの最後の姿が映し出されていた。その光景は弱々しく、ひとりぼっちに見えた。鼻の奥が痛む、目頭が熱くなる、後悔が刺す。どうしてそばにいてやれなかったんだろう。 「ねぇねぇ、何みてるの?」と雨宿りしている女の子が声を掛けてきた。整った顔に人懐っこい笑みを浮かべていた。 「犬の写真だよ」と俺は言い、スマホに視線を戻した。 「見せて」と女の子は言い、近づいてきた。腕と腕が触れ合った。  俺はスマホの見せるべきか迷った。リアンの事は他人と共有したく無かった。『所詮は犬でしょ?』なんて言われたく無かったし、安易な同情もごめんだった。  俺が何かを言う前に女の子はスマホの画面を覗き込んでいた。 「写真、もっとないの?」  俺は何か言うのも面倒になり、写真を見せ続けた。女の子は優しげな眼差しをリアンに向けていた。 「大事にしてるのね。このコ」 「ああ。でも、もう居ないんだよ」と思わず俺は漏らす。「ひとりぼっちで死なせてしまった」 「思い出も何もなく死んだら、そうでしょうね。でも、たくさん愛されたのなら、たくさんの思い出を抱えて死んだのなら、ひとりぼっちなんかじゃない」と女の子は強い口調で言い、俺を見上げた。「違う?」  俺が何かを言う前に「楽しい思い出だってあったでしょう?こんな風に!」と女の子は言い、俺の手を握り、強く引っ張った。
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