黒の伯爵は白が似合う彼女と幸せなウェディングがしたい

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『黒の伯爵』と呼ばれる男がいる。 全身を常に黒で装い、ひたすらに寡黙、敵を容赦なくその華麗な剣技で打ち払っていく姿はまるで魂を刈り取る死神のようだと恐れられる男、ダミアン・チューベローズ。 彼は今、そのイメージを死に物狂いで払拭しようとしていた。 「だめだ、だめだ、だめだ!」 明るい色とりどりの生地の礼装を床に投げうち、男は絶望に打ちひしがれていた。 「全っ然、似合わんッ」 ダミアンには己の命はもとより、たとえ王命があろうとも後回しにしても良いくらい大事にしたい女性がいる。 『白の聖女』リリアス・スノーホワイト、その人である。 聖女召喚の儀により、平行世界より攫われるようにこの世界に招かれた浄化の異能を持つ儚い少女。 この世界の穢れを浄化する旅で、徐々に心を通わせ、めでたく結ばれた運命の女性だ。 この2人の婚姻は世界からも祝福され、順風満帆な結婚生活をこれから送る予定であったが、初っ端からダミアンは夫婦断絶の危機に面していた。 すなわち、黒装束に馴染み過ぎて婚礼で着る白タキシードが壊滅的に似合わないという事実である。 「ダミアン、諦めましょう」 幼馴染兼専任執事のアルクは沈痛な面持ちで告げる。 「黒だってお似合いですよ?」 「いやだッ!」 アルクの妥協案にダミアンは全力拒絶する。 「彼女は白が似合うんだ!彼女の晴れ舞台においてその隣に立つオレも白に揃えねばならん!白以外は認められないッ」 これから妻となる女性に対して揺ぎ無き拘りがある男は、駄々をこねる。 「世間から見れば黒の伯爵と白の聖女の婚礼ですから、貴方はむしろ黒がニーズだと思いますがね」 「それだとオレだけ浮いてしまって彼女の美しさが霞む」 いきなり白を着ると違和感が半端ないため、せめて明るい色から着てみましょうかと始めてみたが予想以上のダメージだった。まったく似合わない。 生まれて二十余年、黒に馴染みすぎた。 「そもそも黒を着始めた理由が理由ですからねえ……」 幼少期のダミアンは今の寡黙さからは想像も出来ない程ヤンチャだった。 おろしたての服をわずか3秒で泥だらけにする才能があったのである。 いくらほぼ無尽蔵な財力を誇る伯爵家でも、このやんごとなき少年の類い稀なる才覚は誰からも歓迎されなかった。 最終的にはこの活発さが国を救う英雄への礎にはなったのではあるが、当時は国一番の美姫と称えられていた美貌の母に白目を剝かせるほどの困った悪癖だった。 「おまえ。汚すが止められないのなら、もう黒服を着てなさい」 額一面に青筋を浮かべ、血走った目で息子に言い聞かせる母の形相は今も悪夢の代表格である。 そのまま返り血も気にする必要のない黒をすっかり気にいってしまい、今に至ったのだが。まさかこの不精がこのようなことで足を掬われるとは夢にも思わなかった。 「なんでこんなに明るい色が似合わないんだオレという男は……」 戦場で死んだ部下の弔いでさえ流さなかった涙を滂沱しながらダミアンは頭を抱える。 「なんというか、不健康さが滲み出ているんですよね」 黒装束の時には全く気にならなかったが、明るい色地に映えるかんばせは、ダミアンの血管さえ見えるほどに透き通る白い肌を病的に照らしており、病人のような印象を見る人間に持たせていた。実際は病気どころか風邪一つしない優良健康児であり、大人になった今も快眠・快便の不屈の健康体だ。 「こんな幽鬼のような人間を彼女の隣に立たせるわけにはいかない……ッ」 「かくなるうえはッ」そういってダミアンはいきなり火球を出現させ自分の顔面に迷うことなく放とうとした。 「ちょちょちょ!何をしようとしてんですかッ正気?!」 間一髪で火球が主人の顔面に炸裂するのを止め、アルクはとち狂ったダミアンを頬を思い切りはたき倒す。 「オレは正気だ。この肌が白すぎるなら少し顔を焼いて色を暗めに合わせようとしただけだ!」 「やっぱ正気じゃない!」 日に焼くならともかく、火で焼こうとは。 戦闘タイプが恋愛でとち狂うとこうも危険だとは。アルクは改めて己の主の危うさを実感し、より一層従者としての役割について思いを馳せた。 「なんということか……ッ。オレのような闇の住人は所詮彼女と結ばれぬ運命だったということか?」 「全世界が認めてます。今更婚礼を止めるとか言ったら逆に殺されますよ」 聖女を掲げる教国の影響は世界の半分を占める。正直、王国の一伯爵なんてゴミと一緒である。彼が聖女との婚礼を認められたのは、偏にダミアンが本気を出せば国一つを滅ぼせるほどの狂気的な戦闘力をもっていたからだ。今更反故にすると全世界に散らばる聖女信者に殺される、いや、一番の狂信者は間違いなくこの男で間違いないのだが。 「ああ、どうすれば良いんだ……。今から彼女の隣に立つのに相応しい白の似合う男になるには……!」 白の似合いそうな爽やかな主人とか、今更解釈違いだから変わらなくて良いんですがね。 懊悩している主人には悪いが、正直諦めてほしいと思うアルクであった。 だが、彼は知らない。 彼の婚姻相手である聖女も似たようなことを考えていて、黒の似合う女になるべく畑違いの黒魔術に手を出して、闇落ちすることになることを。 そして魔を統べる最悪の悪女となり果てた彼女の正気を取り戻すべく、浄化の旅よりも更に過酷で長い戦いの旅に主人と共に出るはめになることを……、彼らはまだ知らないのである。 「ああ、なんてことだッ。リリアス、狂気に染まる君も美しい!」 「黙ってろッ。この盲目恋愛ポンコツ脳筋男!」 彼らが迎える幸せなウェディングはまだ始まってもいない。
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