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気づき
今日も今日とて私は文也君と自習をしていた。
だが、普段とはあることが違う。
私の手には、先日の数学の小テストがあった。
「見てください先生。いえ文也君!小テスト満点だったんです」
「すごいじゃん!成長を感じられて嬉しいよ」
「あの、だからもう……」
私は最近、授業で分からないと感じることが減っていた。
彼のおかげでもあるし、彼に迷惑をかけたくないがゆえに勉強を重ねた自分の力も多少は関係しているはずだ。
これでようやく彼の時間を奪わなくて済む。
嬉しい、はずだった。
初めからこうしようって思っていた。
『満点を取れたらもう関わらない』と決めていた。
彼の勉強時間を奪うのは、ずっと心苦しかったのに、なんで今嬉しいと思えないの?
どうして、こんなに口に出したくないの?
たった一言。もう教えてもらわなくても大丈夫と送りたい。
それがどうしてもできないのはなぜ?
「あのさ、美子」
その瞬間文也くんは私の言葉を遮って話し出した。
「満点は素直に嬉しい。おめでたい。けどたとえテストでミスしても、どんなに良くない結果でも、俺はずっと君に花丸をあげるよ」
その言葉に、懐かしさを感じた。
なぜだか涙が込み上げてきてしまって、慌てて下を向く。
「あの……私もう大丈夫です。今まで迷惑かけてごめんなさい。ありがとう」
「…さようなら。文也君」
あなたの幸せを願えない私なんて…。
「っ……!待って!美子」
右手を強く引っ張られて後ろによろめいた。
彼と正面から見つめ合ったその瞬間、全ての記憶が脳内を駆け巡る。
あの日の景色に今目の前の光景が重なった。
『待って!美子』
『文君?』
『また明日ね』
『うん、またね』
この違和感。既視感。どうしてずっと忘れていたんだろう。
「………文君?」
「え?」
「文君だよね?雨宮美子って名前。塾で見覚えない……?」
文也君もとい文君は、ふうっと大きく息を吐いてから泣きそうな顔で微笑んだ。
「見覚えどころじゃないよ」
「え?それはどういう…」
戸惑いを隠せない私の手を取って、文君はかしこまった面持ちで口を開く。
「雨宮美子さん…。
あの日からずっとあなたが好きでした。俺と付き合ってもらえませんか?」
「……私でいいの?私今は、全然頭良くないし…」
「美子がいい。あの日、僕に晴れ空を見せてくれたのは君だから。迷惑だなんて思わないよ。むしろ、恩返しさせてほしいんだ」
「えっと…それなら。よろしくお願いします」
「好きにさせるから覚悟してね?」
そんな覚悟しなくても、本当はもうとっくに私……。
今から、あなたを知らなかった私には戻れない。
あの日からずっと後悔していた。
いつしか、別れる辛さに慣れてしまって、すべてを忘れるようになるまでは。
あなたに伝えた『また』の行方を捜していた。
二度と出会えない虚無感。どんよりと曇った心の中。
完全に忘れられた日はあっただろうか。否、それはない。
どこかから近づく雨の気配。
今、私の心に気づく。
私の心の中は、あなたには見えないけれど。
満天の晴れ空を秘めたこの胸はあなたへの気持ちで満ちている。
あなたのためならもう一度、何度でも、満点を取りたい。
憂鬱な雨の日があったら、私が花丸をあげたい。
雨上がりの美しさを、教えてくれたのはあなただから。
雨が降るから花が咲く。
雨があるから晴れ空が光る。
雨が上がれば笑顔が輝く。
「それは私のセリフだよ、文君」
あなたと共に晴れ空に満点をかかげたい。
雨上がりの空の下で、晴れ空をつくれる。
そんな存在になりたい。
Fin
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