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「まあね、馬鹿は嫌いだよ」
「じゃあもう私なんかにかまわないで」
「ただ俺が嫌いなのは、何もしない馬鹿だ」
「え?」
彼はつかつかとこちらに歩み寄ると、私の頬に再び伝った涙をハンカチで拭う。
「結果を見て泣くのは、努力している人だけなんだよ。頑張ってできないのと、何もせずできないのは違う。だから君は馬鹿じゃない」
「そんなこと…」
「頑張りたい、いい点取りたいって思ってるだろう?その涙は、自分へのやるせない気持ちからじゃないの?」
そうだよ。その通りだよ。
私は低い点数であなたに負けたことが悲しいんじゃない。
努力が実らないことが。周りの期待を裏切ることが。
そんな自分が。どうしようもなく嫌だったんだ。
本当はもっと頑張りたい。満点を取って、私に期待してくれた人に結果で返したい。
「取りたい…もう一度」
「その言葉が聞きたかった。で、どこが分からないのかな?」
「えと、どこ分からないのか分からないんだけど」
「……思ったより重症だね。これは」
そこから小一時間私は晴村に勉強、主に化学を教えてもらっていた。
彼の教え方は非常に丁寧で、何も理解していない私を責めることもなく、レベルを下げて解説を入れてくれた。…さすがに優しすぎる。
「やっぱり基礎は出来ている。受験期頑張ったんだね」
「なんでそんな知ったようなこと…。まあ、そうなんだけど」
簡単な基礎問題でも、彼が花丸をつけてくれると嬉しくなってしまう。
気づくと外はすっかり暗くなって、先ほどまでの雨は上がっていた。
「あ、晴れてる」
「本当だね。あ、これも正解」
きゅっとペンの音がして、花丸が増えていく。
些細なことなのに、満点なんて別に取りなれていないわけでもないのに。
なんでだろう。
彼が頑張ったねと認めてくれることが無性に嬉しいの。
『いつも通りいい出来だね』
『あなただから取れて当たり前よ』
『美子は頭いいからさ』
今まで、私の頑張りを心から見てくれた人はいただろうか。
本当は、余裕を見せながらも家では勉強ばかりしていた。
当時は頑張ることも、それを見せることも何だか恥ずかしくて隠していたけど。やっぱり認めてほしかったんだな。
褒めてほしかった。
ただ一言、頑張っているねと認めてほしかった。
「頑張れているよ、大丈夫」
「え?待って。そこから聞いてたの…?」
誰もいないと思ってつぶやいた独り言だったのに。
羞恥心から、頬が熱くなる。
「まあね。でも……君はずっと満点だよ。俺が言うんだから間違いない」
学年1位がくれる満点ほど心強いものはない。
…ずっとってどういう意味かしら?
「あ、ありがとう」
あれ、さっきまであんなに暗い気持ちだったのに。
まるで空が晴れるみたいに、いつのまにか私の心にも明るさが戻ってきていた。
初めてしっかりと正面から晴村の表情を捉える。
かっこいいと、女子たちが騒いでいるのは知っていた。
知っていたけれど…。
こんなにルックスは整っていたっけ?
こんなに輝いたオーラは出ていなかったよね?
これはもしかして………いやもしかしなくても。
落ちてしまったのかもしれない。
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