クロかシロか

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クロかシロか

 無機質なコンクリートの壁に囲まれた取調室の中には、向かい合わせに置かれた事務机と、椅子が2つ。僕の背後の壁には、格子の嵌まった小さな窓があるが、曇りガラスで外は見えない。照明は天井の蛍光灯。テレビドラマで観るような電気スタンドは置かれていない。  正面に座る捜査官は、僕の父親くらいの年齢か。七三分け崩れの髪に白いものがチラホラ混じっている。彼は、これが任意の事情聴取であること、僕には黙秘権があることなどを事務的に語った。 「それで……あなたは、上司の東海林貴彦さんを殺したと仰っていましたが」  机の上に開いた捜査資料のファイルを一瞥すると、太めの黒いフレームの奥の眼差しが真っ直ぐ僕に焦点を結んだ。 「はい。許せなかったんです」 「許せなかった?」 「僕を……無理矢理抱いて、こんな関係を続けさせてきたのに……他の男にも手を出したから……」 「それは、柄本大雅さんのことですね?」 「はい。課長は、最初火遊びだって……本気で付き合うつもりじゃないって言ってたんです」 「それは、いつ頃のことですか?」 「3ヶ月くらい前です」 「そのことで、東海林さんと揉めましたか?」 「少し。でも、僕がなにを言っても無駄なので」 「彼に浮気を止めるつもりはなかった?」 「……はい」 「金曜の夜は、なにがあったんですか?」 「あの夜は……課長は柄本を誘いました。週末なのに、僕には声がかからなくて、苛ついたまま帰宅して……ずっと盗聴器で2人の会話を聞いていました」 「盗聴器ですって?」  捜査官の眉がピクリと上がる。深く腰かけた姿勢のまま、僕は軽く頷いた。 「二股タップ型のヤツを、寝室のコンセントに取り付けてあったんです」 「いつから?」 「2ヶ月くらい前です。課長が柄本と別れてくれないから」 「それで、金曜の夜は……」 「ヤッたあとで、2人が口論になって、柄本が出て行きました」 「口論。原因は?」 「柄本が『いつになったら、小阪部と別れてくれるんだ』って、課長を責めて。『近いうちに、必ず』って、課長が嘘をついて」 「なぜ嘘だと?」 「あの人は、そういう人でしたから」  彼は、僕とも柄本とも別れるつもりなんてなかった。不実で酷い男だと分かっていたけれど、僕も別れられなかった。誰にも言えないし、将来のない、こんな関係は苦しくて不安しかないのに……与えられる甘美な快楽が忘れられなくて、断ち切ることが出来なかった。きっと精神的にも肉体的にも支配されていたのだろう。 「あなたは、盗聴した内容から、東海林さんが1人でいることを知って、彼の部屋を訪ねたんですね?」 「はい」 「東海林さんには、事前に連絡しましたか?」 「いいえ」 「突然あなたが来たら、驚かれたのではないですか?」 「課長は眠っていました。僕は、合鍵を持っているんです」 「彼の部屋を訪ねた理由は? 最初から、殺すつもりだったんですか?」 「違います。でも、課長を見たら……許せなくなったんです」 「なぜ?」  乱れたシーツに隠れていた表情を思い出す。膝の間で組んだ両手をギュッと握り締める。 「とても、幸せそうな顔で眠っていたから」
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