クロかシロか

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 短い沈黙。年配の捜査官は、一度眼鏡を外すと目頭を押さえ、再びかけ直した。 「柄本さんも、東海林さんを殺したのは自分だと主張していますが?」 「有り得ません」 「あなたが見たのは、東海林さんの遺体だったんじゃないんですか?」 「違います」 「柄本さんは、『東海林さんを自分だけのモノにしたかった』と犯行動機を自白しているんですがね?」 「嘘だっ! 貴彦さんを殺したのは、僕なんだ!」  畳み掛ける詰問に、つい感情が乱された。 「あなたの話が本当なら、土曜日に柄本さんが自殺未遂を起こした理由が説明出来ません」 「……知りません。アイツがなにを考えていたかなんて、僕の知ったことじゃない」  捜査官は、僅かに身を乗り出した。ギシッと事務椅子が軋んだ音を立てる。 「小阪部さん。柄本さんは、に東海林さんの部屋を出て、に自殺未遂を起こし、、殺人の自白をしています。もし情事のあとに喧嘩別れしただけなら、彼はのでしょうね?」  どぷん。  パイプ椅子に座った姿勢のまま、両足が沈んだ気がした。コンクリートの硬い床は消え、底なしの柔らかな地中にずぶずぶと飲み込まれていく。 「盗聴していたあなたは、柄本さんが東海林さんを殺害して出て行ったことを知った。合鍵で部屋に入ると、凶器から柄本さんの指紋を拭い、あたかも自分が刺したかのように指紋を付けた。更に、東海林さんのスマートフォンを操作して、柄本さんの画像や動画を消した。そうして柄本さんが残した犯行の痕跡を、あなた自身の犯行だったように塗り替えたんです」 「ちが……違うっ! 僕がっ……僕なんだ……っ」  ずぶり、ずぶり。  ヘドロのような底無し沼に身体が沈む。もう胸まで埋まって、息が出来ない。全身から脂汗が吹き出した。 「小阪部さん。北欧では、嫉妬することを『黒い靴下を履く』と言うそうです。あなたは、東海林さんが殺されて初めて、自分も黒い靴下を履いていたことに気付いたのではありませんか?」  ヒクッ。  喉の奥が鳴った。すっぽり飲み込まれた泥の中を落ちていく。もう一筋の光も見えない――。
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