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 数日後、入院中の柄本が殺人罪で逮捕されたことを、両親が依頼した弁護士から聞かされた。僕はというと、身柄を拘束されることはなかったが、証拠隠滅罪で略式起訴になり、罰金刑が科された。会社は依願退職の形で辞めた。僕のスマホには、村松さんを始め、数人の元同僚から着信やメッセージが入ったが、一度も出ることなく全て削除した。そのうち落ち着いたら、番号ごとスマホを変えるつもりだ。  僕は、殺人犯(クロ)になれなかった。東海林課長との間に、なにも残せなかった。 「……柊真、そろそろ行くよ」 「うん」  田舎の両親に代わって、兄が引越の手配をしてくれた。家電や家具は処分し、衣類と日用品を詰めた数箱だけを宅配便で実家に送った。僕も当分の間は実家の厄介になる。きっと居たたまれないだろう。それは、仕方ない。 「柊真」 「うん……ごめん」  小ぶりのボストンバッグ1つだけを抱えて、兄の車に乗る。バックの中身は、僅かな着替えと預金通牒などの貴重品、そして灰色の背表紙のハードカバー――一等大切な僕の宝物だ。実家に着いたら、早速続きを読もう。今は、それだけが楽しみだ。 【了】
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