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『続きまして、世界のニュースです。先月の誕生パーティーで婚約者がいることを明らかにしたグラルガグラ第二王子ですが、この度その相手が日本人の男性であることが明らかにされました』
(うーわ、ニュースになってる)
通信球から流れる映像は、テレビと違って半透明で空中に浮かぶ仕組みなので少し見づらい。レンガと木でつくられた、おもちゃのような街並みに重なりながらニュースを伝える女性キャスターを見つつ、柊斗はなんだかこそばゆい気持ちになった。
レンガと木――そう、柊斗はグラルガグラ王国に来ていた。あれから二年、アルハヴトンに相応しい存在になると決心した柊斗は、グラルガグラ文化の研究者となるべく必死で勉強した。そしてグラルガグラの大学院に合格し、この秋からこちらの学校に通うことになったのだ。
この二年間でドラゴンも増便し、日本とグラルガグラの行き来をする人も随分と増えた。それに伴い、様々なすれ違いや衝突、問題も起きてきている。それらを少しでも減らし、解決へと導いていくのが柊斗の夢であり、目標だ。
『こちらの件について、元首相であり、現在東京文科大学でグラルガグラと日本間の関係性を研究しておられる佐渡島泰教授にお話を伺ってみたいと思います。おはようございます、教授』
『はい、おはようございます』
どや顔で映る壮年コメンテーターは、柊斗の指導教官でもある。憎らしい、だが誰よりも世話になった顔に複雑な気分になりながら、柊斗はパジャマの腕を組んだ。
『現在SNSでは「運命」という言葉がトレンドに入っていますが、こちらは――』
バタン、と扉の開く音がした。振り向くと、軍服のような詰襟の服で着飾ったアルハヴトンが、不思議そうに柊斗を見ていた。滑らかな生地の青色と、金色の紐飾りがよく似合っている。
「何をしているんだ、柊斗?」
「え? いや、向こうでどんな風に放送されてるのかなーってちょっと気になって」
「いや、そうではなくて……入学式だろう? 今日は。時間はいいのか?」
「え?」
暖炉の上に置かれた木製のカレンダーと、数字の代わりにカラフルな宝石が嵌められた時計を柊斗は見やった。
「わ、わあああああ! やばいやばい!」
確かに今日、それもあと三十分後に入学式が迫っているのに気づいて柊斗は慌てて立ち上がった。式で総代として宣誓することになっているのである、遅れるわけにはいかない。
「やば寝癖、あっ宣誓の文句書いた紙どこ⁉」
「マナギナ! おいマナギナ! 服……じゃない先に馬車だ! 表に回せ!」
「えっ何です騒がしい……あれ、真島さんなんでまだいらっしゃるんです?」
「なんででしょうね⁉」
机の上に散らかっていた紙の中から奉書紙を引っ張り出す。顔を洗い、アルハヴトンに出してもらった服を着る。グラルガグラの伝統衣装らしいが、小さいボタンや紐が多くてこういう時にはイライラすることこの上ない。無意味に足をばたつかせながらボタンを留め、背中の紐をアルハヴトンに調節してもらう。
「ああーもうっ!」
「大丈夫だ柊斗、多少変でも『なるほど、今の人間界のトレンドはそうなんだな』と思われるだけだ」
「嫌だー」
寝癖の残っている頭にオイルをつけ、なんとなくそれっぽい感じにする。
左右を見ながら鏡をのぞく。あえての外ハネセットを演出しているつもりのショートカット、今回は整っている眉。黒目がちな瞳は、二年前より少しだけ大人びて見えた。
最終確認をしていると、「馬車の準備ができました」と玄関からマナギナの声がした。
「ほら急げ柊斗、まだ間に合うから」
「うん!」
頷いた柊斗は、「ありがとう」とアルハヴトンと鼻を合わせ、洗面所を飛び出した。鞄を掴み、玄関を開ける。
グラルガグラの空は人間界のものよりも少し緑がかっており、柊斗を迎える空気はどこかスパイスめいた香りを内包している。その下に伸びるのは石畳で、ポプラのような形をした葉の――ジブフという――木が街路樹として植えられていた。
立ち並ぶレンガ造りの家、行き交う馬車と人々、朝から元気な物売りの声、輝く太陽。
すべてがまばゆく輝いていた。
「行ってきます!」
もう一度アルハヴトンの方を向いてから、柊斗は扉の外に飛び出した。
自分の選んだ、世界に向けて。
【終】
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