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突然の告白に、ものも言えず柊斗は固まった。普段なら冗談だとして流してしまうところだが、状況とアルハヴトンの表情がそれを許さなかった。
「パラッタというのは……マナギナの姓だ。偽るつもりはなかったんだが、王子だと分かると柊斗が身構えてしまうかと思って、咄嗟に借りてしまったんだ」
「そう……なんだ」
頷きながら、コーヒーにまた口をつける。柊斗の中で、これまであった小さなあれこれがピタリと嵌った気がした。
「柊斗が知っているかどうかは知らないが、グラルガグラでは王は継承権のあるものから選挙で選ぶことになっていて……詳細な説明は省くが、とにかく第一王子である兄と、私が次期国王候補として対立していたんだ。実際のところは一方的に兄が私を敵視している、というのが正しいが」
うん、と柊斗は頷いた。それがどう柊斗誘拐にまで着地するのか分からなかったが、今はとりあえず話を聞こう。
「人間のことをもっと知りたかったというのもあるが……私はその争いに嫌気が差して、留学という名目で人間界に逃げてきたんだ。まさか国外に出てまで兄が何かしかけてくるとは思わなかったからな」
まあ結果的にはそれは間違いだったわけだが、とアルハヴトンはため息をついた。
「だから、今回柊斗が襲われたのも、そのせいなんだ。……階段から突き落とされそうになったり、毒入りの水を飲まされそうになったこともあっただろう? マナギナと二人で守っていたつもりだったんだが、未然に防げず本当に申し訳ない」
「え? ……あっ!」
言われた柊斗は、自分を誘拐した男に見覚えがあった理由に気が付いた。あの時――柊斗が置いていた鞄に触っていた男だ。あの時に水をすり替えられた、と考えると、マナギナの変な行動にも説明がついた。
「でも、アルとお兄さんが対立していたのは分かったけど……それで、なんで俺が襲われることになるんだ? 単なる嫌がらせ?」
率直な疑問を述べると、「ああ」と困ったようにアルハヴトンは顔をしかめた。
「それは……ええと、うん……」
すう、とアルハヴトンは深呼吸した。大きな肩が上下する。
「それは……柊斗が、私の『運命』だったからだ。兄は人間嫌いでな、人間と獣人が番になるというのが許せなかったんだろう」
ぽかんとしている柊斗の顔に気づいたのか、アルハヴトンは「いや、いい、大丈夫だ」と柊斗に両掌を見せてきた。
「受け入れろとかそういうことではない、ただ事実としてそうだというだけの話だ。番になるというのも兄がそう思ったというだけのことで実際に私と柊斗がどうこうということでは全くない。大丈夫だ、私とて柊斗の性的対象が女性なのは知っている、ただ獣人というやつは運命がいたらそいつと番になるもんだと思っている節があって――」
「マナギナさん、は?」
柊斗が呟くと、耳をくるくると回して焦ったように言葉を続けていたアルハヴトンがきょとんとした顔になった。
「マナギナ? マナギナが何だ?」
「……マナギナさんが、アルの運命なんじゃないの?」
「いや? マナギナは侍従だ。子供の時から一緒に育ったし、ボディーガードも兼ねているから常に私のそばにいるだけだ。かけがえのない存在であることは間違いないが、運命ではない」
「そ、うなんだ……」
じわりと目頭が熱くなる。
「柊斗、気にするな、あくまでも獣人に備わっている本能なんだから、柊斗がショックを受けるようなことではない。そ、そりゃあ私にそういう目で見られていたと知って衝撃を受けたかもしれないが悪いのは全部私であって、柊斗には何の落ち度も問題もないんだ」
「い、いや、嬉しい……嬉しいんだ。俺、人間だから……アルの運命なんて、あり得ないと思ってたから……」
「人間に運命はないというのはそういう意味ではなくて、社会的慣習として存在しないというのとそもそも運命を感じ取る器官がないということだ、だから多分人間にも本当は運命がいるけれども気づけないだけという……え、何だって?」
ピタリとアルハヴトンの動きが止まった。耳すら動かさず、彫像になってしまったかのように固まっている。
「俺が、アルハヴトンの運命で、嬉しい」
一言一句区切るように柊斗は繰り返す。アルハヴトンが息を呑むのが聞こえた。深い青色の目が、シャンデリアの光を反射させながらただ柊斗のことを見ている。
「……好き、だから」
付け加えると、その目が潤むのが見えた。だが数回の瞬きのうちにその光は消える。
「無理をしなくていい、柊斗。獣人にとってどれだけ運命が大切かを理解してくれるのは嬉しいが、だからといって、柊斗がそれを受け入れる必要はない」
「ううん。無理なんてしてない。ずっと、最初に声を掛けられた時から……一目惚れだったんだ」
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