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「それでは、ここで一回目のレポート課題です。来週までに現代日本の労働面におけるジェンダー問題について、何があるか、またそれについてどのような解決策が考えられるかについて二千字以上でまとめてください。提出先は私の部屋のポストとし、期限は来週の木曜日昼十二時とします」
さらりと言われた内容に室内がどよめく中、ホワイトボードにレポート課題について書き記した教授はさっさと教室を出て行ってしまった。その後を追うように授業終了のチャイムが鳴る。ノートにその内容を転記し、はあとため息をついた柊斗は横の二人に話しかけた。
「レポートだってさ、面倒だね」
授業開始日、つまりはじめて会った日より一カ月。アルハヴトンはすっかり柊斗の横が授業を受けるときの定位置になっていた。柊斗と同じ社会学科に留学してきたとのことで、再履修の嵐になっている柊斗とは多くの授業が被っているのだ。普段はきりりとした顔をしているくせに、学内で柊斗の姿を見るたび尻尾を振って駆け寄ってくるアルハヴトンは、なんだか飼い主にすり寄ってくる猫のようで可愛らしい。猫というにはちょっと……いや、大分大きすぎるけれども。
そして、そのアルハヴトンの後ろには必ず狐耳の獣人、マナギナが控えていた。
「そうだな……一週間か、難しいな」
ぺらりぺらりとノートをめくり、アルハヴトンの眉毛がしゅんと下がった。
「今週忙しいとか?」
「いや、日本語を書くのはまだちょっと苦手でな。それに現代日本の問題と言われても私にはピンとこないし……」
「あ、そっか」
流暢に話すものだからすでに柊斗は忘れかけていたが、そういえばアルハヴトンの母語は日本語ではなかった。確かに柊斗が同じことを英語でやれと言われたらできる気がしない。
「よければ提出前に見せてくれれば、表現のチェックくらいするけど。資料探しとかも一緒にしようよ」
「いいのか柊斗!」
ばっと顔を上げたアルハヴトンが両手で柊斗の手を握った。分厚くしっかりとした皮膚の感触にうん、と答える声が上ずってしまい、顔が赤くなるのが自覚できる。この距離感にはまだ慣れそうもないが、獣人はきっとそういう文化なのだろう、と受け入れることにしていた。熱っぽく見つめてくる視線から慌てて目をそらすと、アルハヴトンの向こうでビニール袋から昼食のパンを取り出しているマナギナが目に入った。
「あっ、あ……でも、マナギナさんの方がいいのかな、そういうの」
日本語しか分からない柊斗より、グラルガグラ語も分かるマナギナの方が適任かもしれない。余計だったかも、と慌てて付け足すと、突然自分の名前が出てきたことに驚いたように「えっ」とマナギナが切れ長の眼で柊斗を見た。
「いや、全然自分はそういうのあれなんで、はい」
「そうなんですか?」
「ええ、ええ、ネイティブの方のほうがいいですって」
ポニーテールを揺らして頷いたマナギナは、開封したパンの端を小さくちぎって自分の口に入れた。それからそのパンをアルハヴトンの前に置く。次に取り出したペットボトルの水も、紙コップに一口取り分けてからその横に添える。
(毎回思ってたけど、これって一体何してるんだろ)
開封され、一口分だけ減ったパンに齧りつくアルハヴトンを見ながら、柊斗は内心で首を傾げた。アルハヴトンが何かを口にする時、マナギナが必ず先に味見をするのである。最初見たときあまりにそれが自然だったのでスルーしてしまい、そのせいで何となく聞きづらくなってしまったのだが、見るたびに気になってしょうがない。
(「一口ちょうだい」って奴……だよなあ?)
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