ライオンの訪れ

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 アルハヴトンとマナギナに合わせ、自分も通学途中で購入してきたおにぎりを柊斗はトートバッグから取り出した。柊斗の食べ物までマナギナが欲しがってくるわけではないから気にするようなことではないと思うものの、かえってそれがもやもやする。  「一口ちょうだい」が癖なのではなく、アルハヴトンとの間にだけそれが許される関係性がある、というのを見せつけられている気がするのだ。 「しかし、私の方ばっかり柊斗にいろいろ世話になってしまっている気がするな」 「え? なんかしたっけ」  味気ないおにぎりから顔を上げると、考え込むように顎に手を当てたアルハヴトンが下を向いていた。 「いや、毎回予習や復習で分からないところは教えてもらっているし……昨日だって、買い物に付き合ってくれただろう?」 「アルに説明することで分かったつもりになってた部分が明らかになるし、こちらこそ感謝したいくらいだよ。買い物はただ暇だっただけだし。そんな大したことでもないだろ」  今年こそ単位を落とさず進級する、と決めた柊斗にとって、毎回の授業の予習と復習は欠かせないものだった。アルハヴトンに質問されるのは自分の理解を深めることにもなったし、分かった、というときの彼の反応を見るのも嬉しい。買い物の方に至っては、授業後にバイトまで間があったので、「日用品が欲しい」というアルハヴトンとマナギナを百均まで連れて行っただけである。 「しかし……」  納得していない顔のアルハヴトンの向こうで、スマホの着信音が鳴った。 「あ、失礼」  マナギナがポケットからスマホを取り出し、グラルガグラ語で喋りはじめる。すぐに切ったかと思うと、アルハヴトンとそのまま呪文めいた言語で会話を始めた。 (……今、アルは俺と話してたのに)  なんだか喉に小骨の引っかかったような気がして、おにぎりの塊を飲みこむ。アルハヴトンの方は柊斗に背を向けているし、マナギナの方はあまり表情が変わらないため何を話しているものやらさっぱり分からない。二人だけの世界に入られてしまったようで疎外感を覚えながらお茶に手を伸ばすと、スマホを片手にマナギナが立ちあがる。 「あのさ、アル」  教室を出て行くマナギナを見送りながら、考え込むように黙り込んでしまったアルハヴトンに柊斗は話しかけた。 「じゃあさ、代わりにグラルガグラ語を俺に教えるっていうのはどうかな」 「ん?」  下を向いていたアルハヴトンの視線が怪訝そうに柊斗に向けられた。はやる気持ちのままに話しかけて何か集中していたところを邪魔してしまったなと気づくが、すでに話を始めてしまった後なので続けることにする。 「ほら、言語交換……って分かるかな、あれみたいな感じで、俺はアルの日本語を見るし、アルは俺にグラルガグラ語を教えるっていうのはどうかなって思ったんだけど」 「おお! それはいいな!」  ぱち、と瞬きしたアルハヴトンの目は満天の星空のようになっていた。宝石のような輝きに見惚れていると、隣り合った膝の上に手を置かれ、お茶を取り落としそうになる。 「いつから始めようか? 都合のいい時間を教えてくれ、私はいつでも構わないから」 「わっ、ちょ、ちょっと待って」  ぐいぐいと迫ってくるアルハヴトンの勢いに気圧されながら、慌てて残りのおにぎりを口に入れる。咀嚼してお茶で飲みこんでいるうちに、マナギナが廊下から戻ってきた。 「マナギナ、来週から柊斗にグラルスを教えることになったぞ!」  ぶんぶんと尻尾で床を掃き、大声で報告するアルハヴトン。珍しく耳がくるくると動いている。グラルガグラ語はグラルスというのか、とさっそく一つ柊斗が知識を増やしていると、マナギナはふわりと微笑んだ。普段あまり表情が変わらず冷たい印象のマナギナだが、そうすると人好きのする美人になることを柊斗ははじめて知った。 「それは良かったですね」  綺麗だ、と思うのに、喜ばれているのも分かるのに、その笑顔がアルハヴトンに向けられているものだと思うとどこか素直に嬉しい気持ちになれない。 「あっ、火曜日か木曜日はどうかな、バイトないし、時間取りやすいんだけど」  割り込むようにアルハヴトンに話しかけると、「では火曜日と木曜日の放課後に」とあっさり日程が決まる。 「え、週二でいいのか?」 「私は毎日でも構わんぞ」 「いやいやいや、そこまでは大丈夫だよ」  そう言ってくれることはありがたいが、それでは互いに負担が大きすぎるだろう。手を振って否定すると、アルハヴトンはつまらなそうに目を細めた。  昼食を食べ終え、連れ立って廊下に出る。午後はそれぞれ違う授業の予定なので、講義棟を出たところでお別れだ。 「なあ柊斗、バイトとは何だ?」 「えっ? うーん……」  改めて聞かれると難しい。
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