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「猫ちゃん、猫ちゃん、元気かい?」
栄二が吾輩に触ろうとするので、一つ大きなジャンプをして、食器棚の上の栄二の手の届かないところに逃げる。ふん、愚鈍な人間め。
それにしてもこの栄二という男は気に食わない。タバコの匂いがする。ここではそんなそぶりは見せてないので、隠れてコソコソと吸っているのだろう。松子さまには黙っているに違いない。
だいたい吾輩の名前をいまだに覚えず「猫ちゃん」などと一般名で呼ぶというのがけしからん。明治の御一新の頃より続く名家の御飼い猫の子孫である吾輩をただの猫と混同するとは、ああ情けない、松子さまのご友人でなければ、ただではおかぬものを。
「チッ」と栄二が松子さまに聞こえぬように、小さく舌打ちをする。
「栄二さん、はい、ジンライム」カット煌めくロックグラスに大きな氷と濃い緑色のライムと透明な液体が入ったものが二つ、テーブルの上に置かれた。
「ありがとう、素敵なジンライム、グラスもいいものだね」栄二はその太い眉毛を無駄に上下させながら、グラスを手に取る。
「今何もないんですけど、これ」そう言って松子さまは小さな焼き物の器に、ドライフルーツとミックスナッツを用意した。
「木の実のフリ、しているのかな?」そう言って栄二は松子さまの目を覗き込む。いやらしい男だ。松子さまが困って苦笑いしてるじゃないか。
ブーン、ブーン、ブーンと栄二のスマホが音を立てる。
「ちょっとごめん」と言って栄二はリビングを離れた。
「ちょっと悪いんだけどさ、俺じゃなきゃいけない仕事が入っちゃってさ。ちょっと会社に戻らなきゃならなくなって。松ちゃん、ごめんね。次は絶対だから!」
栄二はそう言って、上着を引っ掛けて出ていった。
松子さまは、テーブルに置かれたジンライム二つ、とドライフルーツ、ミックスナッツをぼんやりと見ている。
「土の中にずっといたほうがいいのかしら」とつぶやく。
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