雨上がりのハ短調「悲愴」

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 金庫の引き出しはダイアル式の南京錠がかけられていた。  「3桁だな。たぶん、むつかしく動かしたりしないはず」  数字をひとつずらすだけでも開かない。普通は他人が触れない場所だ。わざわざややこしくはしないだろう。  秀哉はフックを軽く揺らせる。 「まん中か。こういうとき、数字はみないほうがいい」  指先に集中する。フックへの引っ掛かりが突然からまわりした。 「これだ」  フックを引っ張ると、するする抜けた。 「さすがさすが」  紗月が囃したてながら、さっそくと引き出しを開ける。 「弁護士の封筒だな」  いくつかの封筒を取ると、ソファーの前にあるテーブルへ並べる。津川のいう証拠となるのだろうか。素人探偵は重要性よりも、何が書かれているかへ興味を持っていた。  まず目についたのが名簿。備考欄には4人の名前が記されている。 「個別指導要請だってさ」 「先生の? いつも教えてるじゃん」  わざわざ、頼むことではない。 「これで。1万円か。払う人もいるんだ」  紗月はいうけれど、なにかに気付く。 「子供の名前か。備考欄は、その祖父や祖母だ。それで」  祖父や祖母が金を払っていたらしい。その要請をする書類が幾つもある。 「それだけかな。一千万円が関わるとなれば、もっと大金も動くはず」 「友梨佳さんは知っているかも」  いくつか書類を捲る紗月。 「有った。なるほどね。本人は知っているのかしらね」  友梨佳の名簿も見つけた。所為学生時代だから、かなり前のことだろう。  頼まれたから、と特別に指導をする山野ではないはず。ま、友梨佳を山野は特別指導をしていると思われるが、それは祖父や祖母とは関係ないだろう。
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