02.獲得

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02.獲得

 とはいえ、何から始めたらいいのか分からない。認めよう。俺は結局仕事に逃げた。またしても日常を過ごすことで、現状を変える気がないのを誤魔化し始めたのだ。俺だってこんな自分は嫌いだし、変えたいとも思っている。でもできない。  俺は自責を続けながらマッチングアプリの調査を始めた。まずは利用者への聞き取り調査だ。小心者な俺は初対面の相手に聞き取りなんて出来ないので、知り合いから話を聞くことにする。一人目は組織に入る前からの腐れ縁のケイ。今は鷦鷯の管轄下の鶉野(うずらの)に所属しているらしい。 「マッチングアプリ? いや、俺たちみたいな刺青だらけのマフィアじゃやってもダメっすよ」  開口一番に本題へ入った俺に、ケイは軽い口調でそう答えた。俺たちの間柄を考えれば、大して重要な質問ではないと思ったのかもしれない。 「ちげえよ。鳳凰の中で流行ってる独自のアプリがあるらしいんだわ」 「鳳凰の? うーん、知らないっすね。すいません」  これ以上の収穫はないと思った俺は、ケイに謝って早めに解散することを決めた。  二人目は組織に入ってから何かと世話になっているアユム。今は鴨打(かもうち)のリーダーをやっている。 「マチアプぅ? そういうの疎いんだわ。すまん」  まあ、こいつに関してはマッチングアプリを使うような性質ではないだろうと踏んでいたので正直予想通りだ。女好きは男だらけのマッチングアプリなどやらない。親しいから聞いてみただけのことだ。 「ああそうか、サンキューな」 「え、それだけ? もっとなんかないの?」  こういう奴までいる(しかも上役になっている)んだから、この鳳凰って組織は怖いよな、なんてつくづく思う。  俺はだる絡みしてくるアユムを苦労して引き剥がし、次の人との待ち合わせ場所に向かった。  次はアユムの部下でもある鴨打ツバサ。俺に勝るほどの長身の男。こいつも変わり者ではあるが、女好きな部類ではないし根は真面目だと俺は思っているから、何か有益な情報を持っているかもしれないと踏んだ。正直なことを言うとこいつに関しても親しいだけなんだが。 「マッチングアプリか……」  やはり本題から会話を始めた俺に、ツバサは神妙な顔をした。 「なんでそのことを知りたいんだ?」  俺は正直に伝えるか一瞬迷ったが、すぐに嘘を付くことに決めた。こういう調査をしているのだと明かすと情報提供を渋る輩も多いからだ。真面目なツバサも例外ではないだろうし、今回の場合は内容が内容だ。 「単純に興味が湧いてさ。知らねえかなって知り合いに声かけて回ってんだよ」 「いや、そういうのやめといた方がいいよ」  ツバサが何やら落ち着いた様子でそう言うので、俺は問いかけた。 「お前何か知ってるのか?」 「まあ、一応利用者だけど」  俺はそれを聞くなり心の中でガッツポーズをした。興奮した様子が相手に伝わらないように気をつけながら聞き込みを続けることにする。 「じゃあ俺にも教えてくれよ。紹介制度とかないのか?」 「そういう、なんていうかな、オープンなものじゃないんだよ」  ツバサの額にはみるみる汗が浮かんでいき、明らかに早口になっている。そうか。調査対象になっているくらいだから、何か組織の秩序に関係しているんだもんな。真っ白なものであるわけがないんだ。  俺は、ツバサとの仲に賭けて問い詰めてみることにした。 「どうしても俺を紹介するわけにはいかないのか?」  そもそも俺はそっちの方面に興味がないわけだし怪しまれるかな、と思いはしたが、これは千載一遇のチャンスに違いなかった。  ツバサが沈黙を続けようとするので、ツバサが見つめている手元のドリンクを取り上げて手を合わせ、上目遣いでツバサを見た。こいつは考え出すと一生結論が出ない。 「頼むよ。この通りだ。お前に紹介されたとか余計なことは言わないから」 「でもお前は”姫”の知り合いじゃないだろ?」  俺のセンサーがビビッと音を立てて欲しかった言葉の到来を知らせる。俺は身を乗り出してツバサに問いかけた。 「姫、っていうのは誰なんだ?」 「それは言えませんよアサヒさん」  ツバサが表面上はおどけたようにそう言ってみせた。でも、俺はここで諦めるわけにはいかない。これは鷦鷯とかではなくボスからの直々の依頼なのだから。 「言ってくれないと知り合いかどうかわからないだろ」  ツバサは再び沈黙した後、納得してくれたようだった。浅くため息をついて言う。 「……ユウヒっていう名前の男だ」 「ユウヒ? 俺の対極みてえな名前の奴だな」  というかやっぱり男だった。俺は自分の読みが当たったということが嬉しくて、素直に笑顔を出してしまう。 「やっぱり知らねえだろ。もしかしてお前、姫が目当てなのか」  言い当てられてギョッとする。しょうがない。気の知れた友なのだから、自分の気持ちを隠すことは難しいのだ。  俺は適当な嘘を交えながらあくまで何でもないように答えた。 「そうなんだよ。可愛いって噂だろ。お前は会ったことあるのか」 「可愛い、とは違う気がするけど、まああるよ」  なんだ、姫っていうから崇め奉りたいくらいに可愛い男なのかと思った。 「どういう奴なのか教えてくれないか」  その後話が盛り上がり、酒が入ってテンションも上がっていった。俺は聞き手に回るのが上手い自負があるから、その技術を上手く使ってツバサをその気にさせてみせた。  俺はこうして、見事にマッチングアプリへの入会権をゲットしたのである。
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