03.邂逅

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03.邂逅

 スマホにインストールしたアプリのアイコンを眺める。真っ黒で何の変哲もなさそうなアプリだ。これは誰もインストールしたいと思わないだろう。実際に名前検索ではヒットしないようになっていて、紹介でしかインストールできない仕様になっているらしい。名前は「Houou Match」となっている。変な名前。誰が命名したのか気になる。  アプリを開くと、同じく黒とグレーで構成された画面が立ち上がった。アカウントを作れと言われたので適当に作る。ユーザー名は本名からとってシュウヤとでもしておこうか。こういう時、分かりやすくコードネームにするのはネット上に本名を公開しているのと同じことだと思う。この組織のコードネームは漢字一文字で表せるものしか許されていないので、ユウヒというのも偽名だろうとは推測するけれど。アサヒには旭という漢字があるが、ユウヒにはないからだ。  下の方に「誰かとつながる」という名前のタブがあり、そこをタップすると登録者であろう人々のプロフィールが複数表示される。やはり黒スーツ姿の写真が多い気もするが、全体的には普通のマッチングアプリと変わらなそうだ。まあ実際にこの数の利用者を見たわけではないので、まだ実体があると先入観で決めつけてはいけないと思う。  続いて「姫とつながる」というタブがあるのも見つけた。姫と呼ばれるほどの信頼を受けていて、認知度もある。人によっては崇め奉りたくなるほどの魅力を感じさせる人物。そのことは十分分かっていたつもりだったが、正直、姫がここまで特別扱いだとは思っていなかった。まさか専用のタブがあるとは思わないだろう。そのタブを押すと、ユウヒという名前と共に、名前の通り綺麗な夕日の写真がアイコンとして出てきた。きちんとダイレクトメッセージの機能が搭載されているらしい。ボタンをタップすると某SNSに似たダイレクトメッセージ用の画面が表示された。  まずはターゲットに接触しなければならない。そのためには利用者を装って会わなければならないわけだが。まあ実際に会うことが出来れば、その後のことは誤魔化せばどうとでもなるだろうと俺は考えている。試しに会えませんかなどと適当にメッセージを送ってみた。  すると、一分もしないうちに返信が来た。ぜひ会いましょうと。思わず安心した。アプリのインストールさえ済ませてしまえば、その先は大した道のりではないらしい。日時を一週間後くらいに指定して、アプリを閉じた。  そこで、ふと考えた。姫とこんなに簡単に連絡が取れてよいものなのか。例えこのアプリが姫を中心に回っているアプリだったとして、主催者的な存在の人にそんな容易く会えるだろうか。普通は何か月も先まで予約がいっぱいだとか――まるで人気の店みたいな言い方だが――そういう状況の方が違和感ないだろう。もしかしたら、今連絡を取れたユウヒを名乗る人物は偽物だったりして。  あれやこれや考えながらもやはり忙しく仕事をこなしていると、あっという間に一週間が経ってしまった。まあ時間とはそういうものだが、これは酷いと思う。俺は一応緊張しているし、この日がこなければいいとさえ思っていた。なんだか面倒なことに巻き込まれてしまったなとも思う。でもこれはボス直々の命令なんだよな、などと考えていると、目の前にどうしても越えなければならない高い壁が立ち塞がっているのを感じる。  待ち合わせ場所として指定された近所のホテルに到着する。と、そこではたと気がついた。これはまずいのではないか、と。ここに来るまでは疑問にも思わなかったが、男同士のマッチングアプリがあって見事マッチングして、会ってシないことなんてあるのだろうか。何をとは言わないけれど。  それに気付いた俺はホテルの前で立ち尽くした。  どれくらい経っただろうか。玄関を塞ぐように立っていた俺は、背後から声をかけられた。 「そんなところにいたら邪魔ですよお兄さん」  何気ない優しい男の声だった。俺と同じくらいの年齢に聞こえる。振り返ると小柄な色白の男が立っていた。茶髪で白いTシャツに青のジャケット、黒のジーパンという非常に平凡な格好だ。ピアスやネックレス等は付けておらず、刺青も見えないのでチャラそうには見えない。  反射的に脇へ移動した俺に、その男は再び声をかけてきた。 「お兄さん、もしかしてシュウヤさんです?」 「そうだけど」 「やっぱりそうだ、僕がユウヒです」    彼にしか教えていない名前を呼ばれた時点で察するべきだった。しかし、彼の格好はとても男だらけのコミュニティーの頂点に立っているようには見えなかったのだ。ひ弱そうな目の前の男。こいつが本当にボスに追い求められている”姫”だっていうのか。そもそも鳳凰の人間にすら見えないんだが。 「ここで何してるんですか。早く入りましょう」  このユウヒという男が何を目的として俺に会おうとしているのか、まだ分からない。だが、少しでも怪しい動きをすれば調査が目的だとバレてしまうだろう。  俺は抵抗する術もなくホテルの一室に連れられて行ったのだった。
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