04.露見

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04.露見

 何の変哲もないホテルの一室。ユウヒは部屋に入るなりジャケットを脱ぐと、慣れた様子でまっすぐベッドに向かって座った。部屋には大きなベッドがひとつあるのみだ。俺はどこに座っていいのか分からず、再びその場に立ち尽くすことしかできなかった。  戸棚からバスタオルらしきものを出しながらユウヒが言った。 「そういえばシュウヤさんって見ない顔。新入りさんですか?」  これから始まることを想像すると、その問いに正直に答えていいのかも分からなくなる。心臓の音がうるさい。体は既に大きな壁に向かって臨戦体制を取っているようだ。  あまりにも沈黙が続いたので、首を傾げながらユウヒがこちらを見つめてきた。流石に気まずくなってなんとか口を開く。 「こういうの、初めてなんだ」  言った後、やっとどう思われるかを気にした。怪しまれるだろうか、と。しかし、ユウヒの反応は普通だった。 「そうなんですね。大丈夫ですよ。手取り足取り教えますから」  こんな奴いくらでもいるのかもしれない。でも一応紹介制で限られた人物しかいないはずなのに。これを親切心で言っているのかなんにも分からなかった。俺は今日出会ったような奴を信じていいのか。 「じゃあ先にシャワー失礼しますね」  ユウヒはそう言ってバスルームへ向かっていった。既に疲れた俺は、それを横目にして少し前に立ち上がっていたユウヒの代わりにベッドへ腰掛ける。あ、軽率に座ってしまった。ここで帰ればこの責任と緊張から逃れられるのに。いや、責任からは逃れられないか。俺にはボスからの依頼を果たさなければならない責任がある。そう考えて、それでもむず痒さを我慢できずに時折立ち上がって部屋中を彷徨きながら、長い間ひたすらユウヒを待ち続けた。壁を通して響いてくるシャワーの水音がより緊張を掻き立てる。  数十分経って、ユウヒがシャワーから帰ってきた。白いバスローブを身につけている。髪は程よく乾かされていて前髪が分けられているので先ほどよりは幼い印象を受ける。さっきは暗くてよく見えなかったが、少々童顔のようだ。耐えきれなくなって部屋の隅でしゃがみ込んでいたところを振り返った俺に、ユウヒはおかしく言った。 「あは、スマホでも触ってればよかったのに。ずっとそこに座ってたんですか」 「……笑うなよ」 「シャワーどうぞ。お待たせしました」 「はいよ」  ユウヒと接する時は少しでも怪しい言動がないようにするのを第一優先に動いた。既に悩みすぎてしゃがみ込むという大失態を犯したのは忘れてほしい。  バスルームに入ってからも、俺は帰るかどうか悩み続けた。女との経験はあるが、男との経験はもちろんない。というか、このまま居続けたらどうなるか分かっているのか。男とスることになるんだぞ。何をとは言わないが。こんなことしなくたって、”姫”の情報を手に入れることはできるだろう。この前のツバサみたいに聞きこみをしまくれば必ず十分な情報は手に入るはずだ。  こう悩みながら同時に行動しようとすると大抵の場合失敗するっていうのはほとんどの人間に経験があることだと思う。今の俺だってそうだ。シャワーヘッドやらシャンプーボトルやらが滑る滑る。同時に地面も滑る。まさかユウヒがボディーソープでもばら撒いたのかと思わずにはいられないほどに。  本人に会おうとした俺が馬鹿だったんだ。成り行きでこうなったとしても、俺は馬鹿だ。俺はそう結論づけ、着ていた服を再び着てシャワーを出た。なぜか悩み続けている間にシャワーを浴びきってしまった。  バスルームを出ると、ユウヒはベッドに座ってスマホを触っていた。よし、これならバレない。俺はユウヒにバレないようにそろりそろりと玄関に近づいた。ここを出て走ればもう俺の勝ち。  と、ドアの取っ手に手をかけた時、耳元で囁かれた。 「逃げるつもり? “アサヒさん”」  優しい男の声だった。
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