05.抵抗※

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05.抵抗※

「な」  俺が発せたのはそれだけだった。  だって俺がバスルームを出て彼を確認してからドアノブに手をかけるまでなんて数秒、いや二秒あるかないかくらいだっただろうに、それでここまで来られるのがまずおかしいし、それに足音にも気づかなかった。速く移動しようと思えば必然的に足音が大きくなるはずなのに、鳴らなかったな。そうだ、ユウヒは靴を履いていないんだ、としても足音が鳴らなすぎるだろう、だって諜報をすることがあるから物音には敏感にしているのに。  色んな疑問や憶測が頭の中を駆け巡る。けど、今考えるべきなのはそんなことではなくて。  アサヒ。確かに今そう呼ばれた。 「何しようとしてるんですか。早く戻ってきてください」  優しい笑顔で、しかも敬語でそう言うけれど、お前は一体誰なんだ?  俺はそれに抗うことなどできずに黙ってベッドの周辺に戻る。ユウヒがゆっくりとした足取りでベッドの周辺をぶらぶらし出したので、彼は座らないのかと思い、遠慮を一切せずにベッドへ座った。 「そこで横になってください」  ユウヒがそう言うので、黙って従う。本名ならぬ本コードネームを知られてしまった以上、俺は脅されているようなものだからだ。そのまま体を倒す形で横になると、心臓の鼓動のせいでベッドが揺れているように感じられた。俺は今から何をさせられるんだろう。  と、ユウヒがベッドに乗り上げてきて、俺の腿の上を跨ぎ、俺のシャツのボタンを外していく。 「おいちょっと待て」  1つボタンが外された時点で俺がそれを制止すると、ユウヒは手を止め、心底不思議だという顔をした。 「ノコノコとここまで来て何をするか分かってないって言うんじゃないよね」 「は」  俺は再びそれしか言えなかった。図星だった。ホテルに着いた時点で気づいたのがそもそも遅すぎたのだと、今後悔してももう遅いことは分かっている。それでもあの時の俺に一言言えたら。そうすれば今の状況を回避できたかもしれないのに。  ユウヒは俺がこれ以上何も言わないのを見てとると、再びシャツのボタンを外し始める。ああ、俺はこれに抵抗することもできないのか。 「抵抗しなくなったね、よしよし」  いつの間にか敬語も取れている。俺は赤ちゃんか何かか。  心の中でツッコミを入れている間に俺は上裸になっていた。それからユウヒの両手が俺の肌の上をなめらかに滑る。いやらしく、でもどこかに少し遠慮を感じる手つきだ。左手は腹の上に置いたまま、右手がゆっくりと俺の乳首に触れる。 「ふーん、童貞じゃないんだ」  少し肌に触れただけで何が分かるというのか。  続いて左手がジーパンに手をかける。ボタンを外し、ファスナーを下ろす。そしてジーパンは落とされてしまった。ここまで何の抵抗もしなかった俺をどうか褒めてほしい。神様なんて信じちゃいないが、これだけはどうか褒めてくれる人が欲しかった。 「お、抵抗しないね。えらいえらい」  近からずも遠からずという言葉があるが、いや遠い。全く一致しない人に褒められても嬉しくない。今の俺にとってこいつは貞操という名の安全を脅かす悪魔だ。俺はすぐにでも逃げ出したいところを堪えている。今の俺はどんな顔をしているだろう。  ユウヒの手はついに俺のボクサーパンツをずらして陰茎を取り出した。そこで俺は待ったをかけながら起き上がる。 「なに」  ユウヒの目が怪訝そうにこちらを見た。流石の俺でも、そこは許せない。 「それは」  そう言いかけた俺の顔に、ユウヒの顔が鼻のくっつきそうな程にスッと近づいてくる。風圧と同時に、ふわっと石鹸のような香りが香ってきた。 「抵抗する?」  少し首を傾けたユウヒがそう尋ねて、目線を合わせてくる。その瞳は綺麗なブラウンだ。色素が薄いのだろう。しかし、それさえも漆黒に見えてくるこの距離。俺は咄嗟に重心を後ろへ持っていったが、ユウヒはそれに追従してきた。あ、やばいと思ったのはその一瞬だった。  閉じた目を開けると、ベッドに倒れ込んだ俺はユウヒに押し倒されていた。  俺の口からは荒い息が漏れ出している。気づけばユウヒもいつの間にか自分のズボンとパンツを下ろしていて、お互いの陰茎が触れ合っている状態だった。  襲われる。それは今までの人生で一度も感じたことのない恐怖だった。体に触れられるくらいは百歩譲って構わないとしよう。しかし性器に触れられるのは訳が違うと誰もが思わないだろうか。  俺の利き手である右手はユウヒの左手に押さえられているので、せめてもの抵抗に左手を下半身へと伸ばした。が、その手はユウヒの右手に絡め取られ、擦り合わされている陰茎へと当てられていた。そのまま握り込まれた手を上下させられる。粘着音がして耳を塞ぎたくなった。なんだこれ。 「これ、知らない? 気持ちいいでしょ」  ユウヒがやけに色っぽい声でそう言う。俺のキャパシティーは既に限界を超えていた。  ユウヒが次に口を開いてから、俺の記憶はない。
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