08.仲間

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08.仲間

 翌日の夕方、鷦鷯(さざき)から新しい仲間候補を見つけたと連絡があった。  俺はそもそも鷦鷯が連れてくる奴に期待などしていないので、面倒だなと思いながらも鷦鷯の事務所へ赴いた。 「来たんですか。あなたも懲りませんねえ」  入り口で俺を迎え入れた鷦鷯の補佐、朱雀(すざく)イツキがそう呆れたように溢したのを聞いて、確かにそうだよな、と納得した。 「もう相手の人は着いてますよ」  続いてイツキがそう言うので俺は急いで応接室に向かった。すると入り口に鷦鷯が立っている。鷦鷯は俺を一瞥すると、すぐに応接室のドアを開けて通してくれた。 「お前は知らない奴だと思うんだが、とりあえず会ってみろ」  自分で探すと見栄を張った手前、こうしてホイホイと案内されているのは少し気に食わなかったが、仕方がない。今度こそ優秀な奴であることを祈ろうではないか。  ドアの先にはこちらに背を向けて茶髪で黒スーツを着た男が立っていた。その後ろ姿にどこか見覚えがある気がして、目を細めて駆け寄る。少しで顔が見えそうな位置まで来た時、その男が振り返った。男が俺の両手を取って言う。 「()()()()()()、アサヒさん」  ユウヒ。  俺はそのことに気づいた瞬間、悲鳴を上げそうになった。嗚咽を漏らしながらじりじりと後ずさり、しかし手を取られているので口を覆うこともできないでいると、鷦鷯が後ろから着いてきた。 「おお、一瞬で気が合ったのか。良かった良かった」  どうやら握手していると思われているらしい。鷦鷯は嬉しそうに言った。 「じゃあユウで決まりだな」  ちょっと待て。ユウ? って誰だ。俺は尋ねるように鷦鷯の目を見た。 「ああ、まだ言ってませんでしたね。ユウと申します」  俺はアサヒといいます。じゃなくて! 本名がユウだからユウヒって訳? 「というわけで、こいつが紹介しようと思ってたユウだ。朱雀だから実力は善知鳥(うとう)さんのお墨付きだぞ」  俺は驚いて吐きそうになった。  朱雀というのは、イツキのように、天羽(あもう)と呼ばれる幹部たちの専属補佐を務める部署の名前だ。天羽1人につき朱雀1人が割り当てられている。もちろん幹部に四六時中接近できる役職で人数も少ないからそこのポストは激戦区だ。部署のリーダーになるのは年功序列みが強いが部署異動に関しては実力主義であるこの組織で朱雀というポストにつくためには、よほど優秀な奴でなければならない。  善知鳥のお墨付き、ということは善知鳥の補佐なのだろう。朱雀ユウ。それが彼のコードネームらしい。 「なんで何も言わないんだ」  鷦鷯が困ったように俺に問いかける。 「いや……びっくりしたわ」 「朱雀を誘ってきたことが?」 「ああ。辞める気があるのか?」  俺は平然を装ってユウヒに話しかけた。ユウヒは少し嬉しそうに微笑んで答え始めた。 「はい。お話を頂いた時、これは潮時だと思いまして」  俺を狙って話に乗った訳ではないんだろうか。本当に、自分のキャリア形成のため? 確かに朱雀と烏丸(からすま)を経験したとなれば、次期ボスに選ばれるのも夢ではなくなるかもしれないが。 「本当にそれだけか」  俺は疑いの目を持ってユウヒに問うた。だというのにユウヒはまたしても嬉しそうに微笑んだのだ。その様子を見た鷦鷯が言う。 「お前ら気が合いそうだな」  どこがだ。 「じゃあ決まりってことでいいか?」  ダメ。絶対ダメ。 「いや――」 「はい、お願いします」  にこっと笑ったユウヒがそう言ったので、引くに引けなくなる。だってこいつ、組織中に箝口令を敷けるような影響力の持ち主なんだ。逆らったら何をされるか分かったもんじゃない。善知鳥派の奴らは違法行為に積極的な価値を見出して、そのためならなんでもする奴らの集まりだ。そして、リーダーの善知鳥を崇拝して次期ボスにしようと企んでいる。  でも、かといってこいつと仕事をする? いやいや、あり得ない。こいつと2人きりで事務所にいるとなると、それはそれで何をされるか分かったもんじゃない。だってこいつ、俺の体目当てかもしれないんだろ。  ただ、俺は消極的な人間だから、結果が同じだとしたら何もしないという選択肢の方を選びたくなる性質なんだ。ユウヒに対して何も言い返さなかった。 「決まりだな。いやあ、今まで長かった」 「確かにな」  一応烏丸はボス直属の部署だし、まさか鷦鷯にお世話になるまで困窮するとは思わなかったんだ。そう、最終的に連れてこられたのがユウヒならぬユウだったのも納得できるほどには。  それに、いくらユウの影響力が大きいとはいえそれに屈する鷦鷯ではない。きっと善知鳥の補佐でしかないユウが認知されたというのはこいつの仕業だろうが、最終的に候補に選ばれたのはユウの実力だ。ユウに実力があるのはどうしても否定できない。 「ユウ、アサヒをよろしくな。まあこいつ、いい奴だから」 「ですよね。初対面ですけどなんとなく知ってる気がします」  ユウが目を輝かせてそう言う。  だろうな。 「じゃあ僕の行きつけのバーでも行きますか」
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