09.再会

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09.再会

 連れて行かれたのは近所のバー。派手すぎず地味すぎず、暗めでムーディーな店内だった。普段買って家で飲むことが多い俺にとっては新鮮な雰囲気だ。若者がたむろしている感じもなく、いかにも乗客専門の会員制という感じ。入る時にカードを見せるような素振りはなかったから顔パスだろうか。まんまと連れてこられてしまった。  あっという間にバーテンダーの目の前に着席させられる。なんだ、やっぱりこいつは常連だったのか。慣れた口調で自分のカクテルを注文している。 「僕のおすすめを飲んでみませんか」  断る理由はなかったので頷く。するとユウはどうやら目配せでオーダーしたらしい。 「アサヒさんとお呼びしても?」 「ああ」  既に呼んでいるだろうというツッコミは心の中にしまう。  ほぼ同い年だと思うのだが、ユウのことはなんと呼んだらいいだろうか。俺はこいつのようにスマートに尋ねることなんてできないから困ってしまう。すると間髪入れずにユウが言った。 「僕のことはどうぞ好きなように呼んでください。僕はアサヒさんの子分ですから」  思考を見透かされたように会話が続いていくのが少し怖い。バーテンダーがカクテルを作っている方を見るふりをして視線を逸らした。こいつは俺とは違ってコミュ強なんだろうな。  ユウよりも俺の酒の方が早く出された。俺の方が兄貴分になるからか? 妙なところがしっかりしてるもんだ。目の前に運ばれたのはオレンジ色のカクテル。バーテンダーによるとサンライズというらしい。奇しくもというかなんというか。 「それ、気づきました? アサヒさんの名前にあやかってみました」  そう言ってユウはふわりと笑った。俺がカクテルにあまり詳しくないことも知っていたのだろうか。また少し怖くなってカクテルへ目線を戻した。 「朱雀(すざく)では誰の補佐をしてるんだ」  一応聞いてみる。先ほどの文脈的に善知鳥(うとう)だろうが、間違っていたら困るから。 「善知鳥さんです。僕、善知鳥派なので」 「それっぽいわ」  善知鳥が補佐にどんな仕事をさせているのかは分からない。それに、俺だって幹部の臨時補佐をしているのだから、今まで会わなかったのがおかしいくらいだ。確かに善知鳥に呼ばれることはほとんどないのだが。 「それっぽいってどういうことですか。悪そうってこと?」 「人を出し抜きそうな見た目してる」 「アサヒさんの方がよっぽど出し抜いてそうですけどね」 「ははは」  善知鳥派にどんなイメージを抱いているのか気になるレベルだ。  カクテルを口に運んだ。酸味と辛味のバランスがちょうど良くて美味しい。 「お前、子分いたことある?」 「ないですね。同期はいますけど」  同期……誰だろう。 「こんな俺にも昔は子分がいたんだわ」 「ああ……」 「もしかして知ってた?」 「そうですね」  ユウは一口酒を飲むと、こちらに向けて微笑んだ。予期していなかった行動に俺は少し身じろく。 「僕、結構前からここにいるんですよ。多分アサヒさんよりも長いんじゃないかな」  保護施設である雉の出身だろうか。 「雉真(きじま)の出身?」 「ふふ、そういうことにしておきましょうか」  何やら含みのある言い方に少し苛立ったが、それは見せないでおく。やっぱりこいつは人を操るのがうまそうだ。  ユウは上機嫌に続けた。 「なんだか、アサヒさんとは気が合いそうです。一緒に仕事をするのが楽しみになってきました」 「そうか」  俺はこいつが怖かった。俺の心の内を全部覗かれてしまったいるように感じたのだ。間違いなくそんなはずはない、が、どうしても捨てきれない思いだった。 「連絡先交換しましょう」 「え」 「仕事をするのに必要でしょ」  いや、でも怖い。こいつに連絡先なんか教えたら、何を連絡されるか分かったもんじゃない。だが、迎え入れると決めたからにはこういうのもしっかりしないとな。  俺は()()連絡先を交換した。  とはいえ、こいつは烏丸(からすま)に入る気でいるようなのでこいつでいいか。優秀そうだし。常識がなっていそうだし。せっかく来てくれたし。俺を襲おうとしたのも、そういう目的で待ち合わせしてた訳だから当然だよな。俺が気絶したら何もせずに放置してくれた訳だし。出会いは最悪だったけど、これから上手くやっていけるかもしれない。優秀そうだし。 「本当に辞めていいのか? 俺には烏丸より朱雀の方が魅力的に見えるんだが」 「そうですか?」  青いカクテルを口にしたユウが、そう言って笑った。 「朱雀って競争が激しいんですよ。いずれ天羽(あもう)になろうって必死な人が多くて。滅多に集まることはないんですけど、たまに集まった時は地獄です」  確かに、そういうこともあるのかもしれないな。だが、それを善知鳥派の人間が言うのか。競争を回避したい穏健な鷦鷯(さざき)派からしたら、もうどうしていいか分からんレベルなのだが。 「それに、アサヒさんがいるなら、烏丸もすごく魅力的だと僕は思います」  俺は口をあんぐり開けることになった。 「なに、言ってんだお前」  俺は高速で自慢の頭を回した結果、ある1つの結論に辿り着く。 「もしかしてお前、俺のことまだ恨んでるのか」 「僕に探りを入れてることをですか?」  ユウはそう言って余裕そうに声を上げて笑う。やっぱりバレてたか。  俺は何も言えなくて再びカクテルに口を付けた。そしてため息をひとつ。ユウは未だ頬杖をつきながらこちらを見てにやにやと笑っている。 「恨んでなんかいませんよ。組織の上役である限り覚悟しなきゃいけないことですし」  怪しいことをしてる自覚もあります、とそう言った。  ここで誰から依頼を受けているのか俺に聞かないあたり、本当に覚悟しているらしい。プロだという感じがする。 「どうして善知鳥(うとう)派に入ったんだ?」 「善知鳥さんに恩があるんです」 「――恩」  この組織ではとても聞きなれない単語だ。ユウのことだから狡猾な善知鳥に憧れているとか、そういう理由だと思っていた。 「意外でしたか?」  やっぱりユウは俺の心を読んでいるらしい。だが、悪い奴にはどうしても見えなかった。会話もいたって普通だしな。 「まあな。っていうか、敬語いらねえよ。どうせ年近いだろ」 「本当ですか。じゃあ――」  よろしく、アサヒさん。そう言ってユウは笑う。
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