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ティータイム
貴族のお坊ちゃんを追い出してから、少し時間が経った。
怪我の治療をしてもらって、ちゃっかり昼食をごちそうになって、流れに流されての食後のティータイム中、のはずなんだけど……。
「やめろ。マジで針だけはやめろ。ダメだ。絶対にダメだ!」
「何がダメですか。ちゃんと手当しないと、あとがひどい事になりますよ」
目の前で、ロゥさんとアル様が口論してる。
口論といっても、治療は不要と突っぱねるロゥさんに、アル様が治療の必要性を説いてるっていう、少し独特な言い争い。
口論の原因は、ロゥさんの二の腕の怪我。
狼との戦闘で負ったものらしいんだけど、ティータイムの最中にアル様がそれを発見して、治療する、しないの言い争いに発展したってわけ。
「消毒もしないで放っておくとか、あなたはバカですか?」
「この程度、唾つけとけば治る。って、馬鹿、傷口を押さえっ……」
アル様に傷口を触られて、ロゥさんは悶絶する。
強がってはいるけど、どう見ても傷は浅くない。命に関わるようなものでもないけど、数針は縫う必要があるレベルの怪我だと思う。
「そんなに痛いなら、最初から素直に見せてください」
呆れ顔で、アル様は言う。
「おま……。いま、傷口抉ったろ……」
対するロゥさんは、顔面蒼白になりながら非難の声を出す。
「軽く触れただけです。お望みなら、しっかり触診してあげますよ?」
「おまえは、鬼か……」
「ただの魔術士です。知っていますよね?」
アル様の受け流しは、これ以上ないくらいに清々しい。
「イリィ。見てないで何か言ってくれ」
一対一の言い合いでは勝ち目がないと見たらしく、ボクに助けを求めるけど……
「イリィさんに助けを求めるなんて、情けないですよ」
アル様の方が上手で、ボクが介入するタイミングをきっちりと断ち切ってくれる。まぁ、介入する気はないんだけどね。
「観念してください。本当なら四針入れたいところですが、三針で許してあげます」
アル様は左手でロゥさんの腕を捕まえたまま、右手で脱脂綿に消毒液をしみこませてる。準備は着々と進行中。
「許すとかそういう次元じゃねーだろうが」
「では、遠慮なく五針入れますね。沁みますから、我慢してください」
「なんで増えるっ……」
さりげなく縫う本数が増えている事につっこもうとしたロゥさんは、脱脂綿に傷口を舐められて再び悶絶した。
「アル。こっちにも心の準備ってもんが……」
「消毒が終わったので、縫いますよ。動くと変なところに刺さるので、絶対に動かないでくださいね」
アル様が針を持ち出し、それを見たロゥさんの顔から血の気が失せた。
ロゥさんはぎこちない動きで明後日の方向を向き、微動だにしなくなる。
ロゥさんの性格なら、針が怖いってことはないと思う。となると、実はアル様が思いっきり不器用だったりする可能性があるわけで……。
不謹慎だけど、一種の期待を込めて動向を見守る。
仮に血管に刺さったとしても、ロゥさんの事だから、多分問題ないはず。
視線の先で音もなく、針がロゥさんの傷口の周囲を踊った。
予想に反して、アル様の針捌きは見事だった。あっという間に傷口は閉じられ、ガーゼが宛てがわれて包帯が巻かれていく。
少し期待はずれというか、残念な気がしないでもなかったり。
「いい年して針が怖いなんて、笑われますよ」
「ダメなものは、ダメなんだよ……」
医療キットを片づけながら笑うアル様に、ムスっとした顔のロゥさん。
力を持ってる二人だけど、会話を聞いてる限りじゃ、そんなことは微塵も感じないわけで、不思議っていうか、面白いっていうか。
「そういうアルも、油虫はダメだろうが」
「あれは、生物学的に相性がよくないだけなので、仕方ないことなのです。ですよね。イリィさん」
突然のパス。話の流れは分かるけど、ヒトと油虫の生物学的相性なんて知らないっていうか……。
「おまえなぁ。イリィに頼るのは情けないとか何とか言っておいて、自分は頼るのかよ」
「頼ってはいません。同意を求めただけです」
「変わらねーだろ。というか、噂をすればなんとやらって。左後ろ。本棚と壁の隙間に、いるぞ」
ロゥさんがぽつりと呟く。
瞬間、圧倒的な殺気が部屋を支配した。
殺気の出所はアル様。
ホルスターから銃を抜き、一瞬で安全装置を外して撃鉄をあげ、背後の本棚と壁の隙間に銃口を向ける。
銃口の先には、何もない。
「……騙しましたね。ロゥ」
「見間違えただけだ。てか、なかなかかわいい反応だったな。ごちそうさん」
「黙りなさい。この口説き魔」
思いっきり睨みつけるアル様に、涼しい顔のロゥさん。
五針も縫われた仕返し(?)みたいな感じなんだろうけど、今のってかわいい反応、なのかな?
「まったく……。それで、その傷は誰にやられたのです? また、女の子にでも襲われたのですか?」
ため息ひとつついて銃を収め、むすっとした表情のままアル様は尋ねる。
ある種の嫌味なんだろうけど、“”口説き魔”、“また女の子に襲われた”なんて単語が出てくる辺り、ロゥさんって、けっこう女癖が悪いのかも……。
「えーとだ。今回は荒っぽい未亡人にやられてな。ガキと一緒に襲撃してきやがって、危うく樹海の肥料になるところだった」
どうしてそういう話になるんだか……。
確かに、あのとき群れの長はボクが倒してたから、その連れ合いは未亡人(未亡狼?)って事になるのかもしれないけどさ。ロゥさん目線だと、あれが未亡人に見えたのかな……?
「そうですか」
アル様のリアクションは冷たい。更に言うと、場の空気が重い……。
「……冗談だ。狼の群にやられた」
さすがにこの雰囲気はよくないと思ったみたい。ロゥさんは少し真面目に説明を始めた。
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