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お出かけの準備
「そういえば、アル、時間はいいのか?」
ふと、ロゥさんが言う。
窓の外では、日が少し傾いて来てる。
「そういえば、そろそろですね。すみませんが、用事があるので、少し出かけてきます」
アル様が席を立つ。
「一人でいけるか?」
「大丈夫です。それより、ロゥはイリィさんのこと、お願いしますよ」
アル様はロゥさんに言い、別室へ入っていく。
「ほんと、貴族ってのは面倒だよな」
ロゥさんが呟く。
そう言われても、何がどうあって貴族が面倒なのか、よくわからないっていう……。
「いまからお礼参りだ。さっきの坊ちゃんの家に」
ボクの表情から言いたいことを読みとったらしく、ロゥさんは追加の情報をくれる。というか、ロゥさん勘が良すぎ。
「お礼参りではなく、家長のエン・バーラック様に非公式に挨拶にいくだけです」
こっちの声が聞こえていたらしく、アル様の訂正が入った。
「大差ないだろ?」
「大ありです。お礼参りだと、殴り込みにいくようなニュアンスに聞こえます。あくまで、ただの挨拶で、お話をしに行くだけですよ」
「わかったわかった」
問答する気はないらしく、ロゥさんはぞんざいな返事をする。
たぶん、散々無礼を働いてくれた坊ちゃんの事を、家長さんにクレームつけにいくってお話みたい。あと、ついでに根回しもするのかな。ロゥさんの言うとおり、地位の高い人の社交って、いろいろと面倒だよね。
別室の扉が開き、アル様が姿を見せる。よそ行きの服に着替えてきたみたいで、さっきまでとは全然雰囲気が違う。
ウィッグだと思うんだけど、アップスタイルに髪をまとめて、服装は清楚な感じのイブニングドレス。どこからどう見ても、高貴な家柄のお嬢様に見える。というか、高貴な家柄のお嬢様そのものなわけだけどさ。
「それでは、出かけてきます。遅くはならない予定なので、迎えは不要です。イリィさん。何もありませんけど、ゆっくりしていってくださいね」
外套を羽織り慎ましく一礼すると、アル様は貴賓室を出て行った。
さっきまでの坊ちゃんと比較すると、同じ貴族とは思えないくらい印象が違う。まぁ、比較する事自体が失礼になる感じなんだけどね。
「うし、それじゃ、俺たちもいくか」
アル様が出かけてからしばらく経って、ロゥさんが立ち上がる。
「行くって、どこへ?」
「篭もってても仕方ないからな。観光だ。物見遊山。命救ってやったんだから、案内くらいは、頼めるだろ?」
軽く背筋を伸ばしながら、ロゥさんは言う。
まぁ、危ないところを助けてもらって、怪我の治療までしてもらったわけだから、観光案内くらいは安いものなんだけど。
「ほら。とっとと行くぞ」
返り血が染み着いた外套を羽織り、得物の大剣を背負って、ロゥさんは外に向かう。
「って、ロゥさん。その格好でいくの?」
どう考えても、ロゥさんの格好は観光地を歩くようなものじゃない。善良な一般市民が見れば、確実に官憲に通報されそうな風体をしてる。
「普通の観光地に用はない。一応、戦えるようにはしておけよ」
意味深な言葉を残して、ロゥさんは貴賓室を出る。
つまりはロゥさん、危険な場所を歩きたいみたい。この観光案内、おやすいご用、って話じゃ終われないのかもしれない。
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