4人が本棚に入れています
本棚に追加
魔術師とヒーリング
貴賓室の女の子は、アルリア・ミレ・クリムと名乗った。
ファミリーネームを持つことは、基本的に貴族にしか許されていない。つまり、この人は貴族の出身ということになる。
もっというと、ミドルネームは貴族の中でも力のある魔術士にのみ授けられる称号のはずだから、この人は、力のある高貴な身分の魔術士様ってことになるのかな。
「肋骨数本にひび。打撲に擦過傷。内蔵にもダメージ。ひどい怪我ですね」
ミドルネームを持つ魔術士さんだけあって、魔法医学に造詣が深いのかな。インナーの上から手を翳しただけで、怪我の様態が分かったみたい。
「魔法にアレルギーはあります?」
問われた言葉に首を振って答える。もちろん、振る方向は横。
魔法アレルギーという言葉には二通りの意味があって、一つは体質的アレルギーのこと。
身体に魔法の力を行使する場合、たまに拒絶反応を起こす人がいるとかで、そういう人には治癒系魔法が使えないみたい。
もう一つはメンタル的な拒絶反応のことで、魔法を毛嫌いしていて、魔法の魔の字に触れることすら嫌う人種が、世の中には少なからず存在する。
魔法の力量が個々人の資質、血筋なんかに左右される性質上、魔法を快く思わない人がいるのは当然なのかも。
「では、治療を始めますね。楽にしてください」
手が翳されたところから、暖かい力が体の中に浸透してくる。
治癒魔法はマナの干渉によって人の治癒力を高め、怪我の治癒を早める。
ちなみに、普通の町医者は治癒魔法なんて使えないから、魔術士さんに治癒魔法をつかってもらうと、治療費はけっこう高くつくのが一般的、って……。
「あの。クリム様」
治癒魔法が止まる。
「どうしました?」
診察までしてもらって、言うのも何なんだけど……。
「ボク、あまりお金もってなくて……」
支払い能力ないですよ。なんて、みなまで言うのもちょっと恥ずかしい話……。
ツテもコネもない街の冒険者が、魔術士にヒーリングしてもらえるくらいのお金なんて、もっているわけもないからさ……。
「そこの子にツケておきますから、気にしなくていいですよ」
言いたい事を悟ったらしく、部屋の隅のソファーでうたた寝してるロゥさんを示し
「それと」
眉根を寄せ、少し怒った表情でクリム様は続ける。
「クリム様は禁止します。ここではアルと呼んでください。いいですか?」
異議を口にできる雰囲気はなかった。
というか、この人は貴族としては、かなり変な気がする。
何度か貴族の人と会ったことはあったけど、みんな、ファミリーネームに拘り、ファーストネームで呼ばれることをひどく嫌っていた人ばかりだった。
貴族社会だと、ファミリーネームが大切で、ファーストネームにあまり意味はない、っていうのがボクの認識になるけど……。
「えーと……。アル、様……?」
知り合ったばかりの人を呼び捨てにするなんて以ての外だし、“さん”付けっていうのも、違う気がする。
そうなると、“様”付けしかないわけで……。
ファーストネームの省略呼称に様付けっていうのも変な気がするけど、それは気にしない方向で。
「まぁ、いいでしょう」
少し不本意な雰囲気を醸しながらも、納得したらしいアル様は、治療を続けてくれる。
アル様の治癒魔法は、暖かくて心地よかった。
昨日の疲労のおかげでもあって、うとうとと、意識が飛びそうになる。
「眠ってもらって、大丈夫ですよ」
アル様の声が、ぼんやりと聞こえる。
体には全然力が入らなくて、まどろみの中に意識が飲み込まれていく。
もう、あと一瞬あれば完全に眠りに落ちるっていう時に、不自然に、アル様の治癒魔法が止まった。
最初のコメントを投稿しよう!