招かれざる客と銃撃

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招かれざる客と銃撃

 ノックの音が響く。  小気味良く二回。  普通のノックのはずなんだけど、アル様は警戒した様子で部屋の入り口に視線を向ける。  うたた寝していたはずのロゥさんも、薄目を開けて剣の柄に手をかけていた。  なんていうか、雰囲気が普通じゃない。  ロゥさんとアル様は一瞬のアイコンタクトの後、音も立てずに行動を開始した。  アル様は入り口へ向かい、ロゥさんはボクの傍に。アル様の治癒魔法のおかげで、少し動くくらいなら問題はない感じ。 「【誘惑】の匂いがする。気をつけろ」  小声で、ロゥさんが告げる。  言われてみれば、ほのかに甘い香りが鼻腔をくすぐってる。 【誘惑】は心に付け入るアイテムで、敵対心や闘争心を減退させる効果がある。  敵戦力の無力化に使われたり、異性を口説くのに使われたりと使いどころは様々だけど、この手の魔法を使う人にろくな人間がいない、っていうのがボクの認識。  少なくとも、ドアの向こうにいる存在に警戒が必要なことははっきりした。  アル様はドアチェーンをつけたまま、扉をひらく。 「どちらさまでしょうか?」  ドアの隙間を介した声だけのやりとり。  問いかけるアル様の声は平静を装ってるけど、右手は腰のホルスターに添えられ、即座に銃を抜ける体勢だったりする。 「突然の訪問、失礼いたします。私、エン・バーラックが三男、マッセ・バーラックと申すもの。こちらにミレ・クリム様がおられると耳にし、挨拶に参りました」  扉の向こうから聞こえた声は芝居がかったような、キザっぽい雰囲気だった。  バーラック家といえば、この地域に大きな影響力のある貴族の家柄。そんな人が訪ねてくるって何なんだろ? 「バーラック様。ミレ・クリム様は養生中のため、誰ともお会いできません。申し訳ありませんが、お引き取りください」  対応するアル様の言い回しは、アル様本人じゃなくて使用人のそれだった。  使用人のふりをして、相手の動向を探るつもりみたい。 「キミ、私はミレ・クリム様と話がしたいのだよ。使用人風情では話にならない。キミの主に急ぎ取り次いでくれたまえ」  典型的な貴族、って感じかな。  アル様を使用人呼ばわりした上に、会わせろと駄々をこねる。  軽薄で身分というものに横柄な人種、なのかもしれない。  アル様が呆れた様子でこっちを見て、ロゥさんが「帰ってもらえ」とジェスチャーを返す。 「お会いにならないそうです。どうぞ、お引き取りください」  静かに言い放ち、アル様は扉を閉めようとする。  でも、閉まりきるより早く、扉の隙間に太い指が差し込まれ、閉扉を阻まれた。 「なんのつもりでしょうか?」  即座に扉から離れ、アル様は銃を抜く。  ロゥさんも鞘を払い、臨戦態勢に入った。  張りつめた空気の中、硬質な破裂音とともにドアチェーンが引きちぎられ、扉が勢いよく開かれる。 「ゴーレムが暴走してしまったようだ。半自立型は時々言うことを聞かなくなるから困る」  扉の向こうには、チャラい衣装で着飾った優男と、黒光りするフルアーマーが立っていた。  話の内容から察すると、優男が貴族のお坊ちゃんで、フルアーマーはお坊ちゃんのゴーレムらしい。  正攻法がダメだったから、ゴーレムを使って力業で扉をこじ開けたみたい。それを暴走なんて、わざとらしい言い訳してくれてる。 「事故とはいえ、扉は開いてしまったのだ。もう、この私を止める障壁はあるまい。さあ。噂に聞く、麗しのミレ・クリム嬢はどちらかな?」  挙げ句、意味の分からないセリフを吐きながら、無断で室内に進入してくる。  なんとなく分かったのは、このトンチンカンはアル様をナンパしに来たって事だった。 「警告します。即座に退去しなさい」  アル様が坊ちゃんに銃口を向ける。  撃鉄は上がっていて、引き金を引くだけで撃てる状態。 「やめておきたまえ」  射線を遮るように、ゴーレムがアル様と坊ちゃんの間に割って入る。 「そのような豆鉄砲では、私のゴーレムを止めることは不可能」  坊ちゃんはゴーレムの影で、偉そうなことを言ってる。 「そうでしょうか?」  アル様は静かにゴーレムの頭部に照準を合わせると、躊躇うことなく引き金を引いた。  撃鉄が落ち、シリンダーに込められていた弾丸が吐き出される。  直後、ゴーレムの頭部が爆散した。  着弾した瞬間に見えたのは、【爆炎】の術式。  普通は、銃弾一発で鋼の甲冑を纏ったゴーレムの頭部を爆散させるなんてありえない。  弾頭に魔法の力を付与させることができれば超火力の銃弾を生成することが可能だけど、それは誰にでもできるような事じゃない。  砂の城が崩れるような音を立てて、ゴーレムが倒れる。 「おいおい……。うそ、だろ……」  坊ちゃんがうろたえる。  ゴーレムがいたから大きな態度ができたわけだけど、頼みのゴーレムを失ってしまえば、虚勢を張ることもできない。  顔色ひとつ変えずにアル様は銃口を坊ちゃんに向け、撃鉄を起こした。 「申し遅れました。私がアルリア・ミレ・クリムです。私に用があるなら、その場で仰ってください。つまらない内容でしたら容赦なく撃ちますから、そのつもりで」  冷ややかに淡々と、アル様は言葉を紡ぐ。 「あ……いや……」  坊ちゃんが何か言おうと口を開いた瞬間、再び銃口が火を噴いた。  威嚇の一撃で銃口は下に向けられ、銃口の先にはゴーレムの残骸があって、その胴体部分が消し飛んでいた。 「お引き取りください」  ただ一言、アル様が言い放つ。  ロゥさんがつかつかと坊ちゃんに歩み寄り、その襟を捕まえて外に投げ捨てる。 「二度と、来ない方がいいぞ」  警告を与えて、ロゥさんは扉を閉めた。  室内の緊張が薄れていく。 「ふぅ……。少し、怖いところを見せてしまいましたね。すみません。普段なら、発砲なんてしないのですが」  ため息をついて銃をホルスターに戻すと、アル様はばつが悪そうに、困った感じの笑みを浮かべた。
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