二つの雨、晴れる時

1/2

0人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
 権蔵は、どしゃぶりの中、槍を持って走っている。  自分が何者かも、見失いそうになっている。    元は農民。  今は、いずれかの大名の下で戦う足軽であった。  そして、また別の大名の軍隊と戦っている。  理由など、分からない。  普段から、学もなく分かりもしないが、こと、今の状況になれば尚更考えようもなかった。  雨の降る中を、槍を持って走るのみである。  気が進むわけでもない。  走るしか、生きる道がない。  ことここに至るまでに、逃げるという選択肢もない。  そうした発想に至れる農民など、多くはない。  ただ集落の中で育つ。  運が良ければ、そこで農民として育ち、働き、老い、死ぬ。  運が悪ければ――今だ。  足軽として槍を持ち、走る。    ※  後ろから、叱咤の声がする。 「ひるむな」  そう言っているようにも聞こえる。  なんでもよい。  槍を持って走るだけである。  どしゃぶりの中を走ると、やがて、敵が見えてくる。  同じように槍を構えている。  彼らへの、ある種の仲間意識が、権蔵の中に芽生えた。 (おい、お互いに辛いな) (しんどいもんだな、おい)  こんな風に語りかける。  だからと言って、槍の勢いが鈍ることはない。  語りかけながら、槍を突くのだ。  槍が鈍らないのは別に、大名への忠誠心から来ているのではない。  権蔵に、そんなことを意識するほどの頭もない。  ただ、「そう」なのだ。  そうするしかないという、それ以上のことはなにもなかった。  そして、権蔵も向こうで槍を持っている彼らのどちらも「そう」だからこその、仲間意識なのだ。  なにも考えずに殺し合い、殺し合うからこその仲間意識であった。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加