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権蔵の槍が、向こうから向かってくる『仲間』に突き刺さった。
血が流れ、倒れる。
権蔵の槍術は、特段に優れてはいない。
正確に言うなら、余人より力がある分だけ、他の足軽よりやや速いだろうが、大した違いはなかった。
(結局は、運だ)
権蔵はそう思いながら、槍を動かす。
次々と、槍が刺さった。
同情が、頭の片隅に起こる。
(運がねえな、おめえ)
と、思う。
だが、槍は鈍らない。
お互いにそうだ。
同情と高揚と恐怖が、常に頭の片隅をよぎる。
よぎるが、それが彼らの行動に影響を与えることはない。
淡々としていた。
殺し、突き、死ぬ。
それが延々と繰り返される。
どしゃぶりの中で、血が流れ出る。
二つのどしゃぶりになる。
※
権蔵は生来酷薄な人間ではない。
実際、今、槍で肉を突きながら、子どもの頃のことを思い出している。
友達が捕まえたカエルを、「かわいそうだ」と逃がしてやったことがよぎった。
子どものすることと考えれば、他の子どもたちが残酷だと責めを負うほどのことでもなかろう。
権蔵がむしろ柔弱のたぐいと言える。
その権蔵が、次々と槍で突き、人を殺している。
(なぜ、こんなことが出来るのか?)
突きながら、少し自問する。
かといって、手は緩まない。
そういうものである。
決して手は緩まず、かといって頭の片隅をよぎっていく考えは止まらない。
ざあざあという雨の音はますます激しくなった。
同時に、権蔵の槍が生じさせる赤い雨も、その量を増していた。
戦場にいる足軽の数は減り、といって、どちらかの将が諦めない限りは、まだまだいくらでも『突く』ものはあった。
権蔵は、いつまで槍を突き続ければいいのか分からない。
傍から見れば、それは、鬼神のごとき姿と見えたかもしれない。
しかし、内心は淡々としたものだ。
心の片隅をどんどんと考えが通り、そして、それとは別に、ただ体を動かす。
農作業をしている時と等しかった。
刺される恐怖も混ざらないではなかったが、しかし、まだ動かしている者の中には、それがあまり残ってはいない。
※
法螺貝が鳴った。
敵方が引いていく。
勝った、らしい。
権蔵にはどうでもよかった。
辺りを見る。
敵も味方も混ざって倒れている。
中に、昨晩、同じ釜の飯を食った連中もいた。
それでも、あまり感じることはない。
寂しさが少し、胸を通るだけだった。
権蔵は、空を見た。
雨が、止んでいることに気づいた。
「わあ、晴れた、晴れた」
雨上がりの空を見て、権蔵は笑った。
もう、雨の降らなくなったのが、なによりも嬉しかった。
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