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権蔵は、どしゃぶりの中、槍を持って走っている。
自分が何者かも、見失いそうになっている。
元は農民。
今は、いずれかの大名の下で戦う足軽であった。
そして、また別の大名の軍隊と戦っている。
理由など、分からない。
普段から、学もなく分かりもしないが、こと、今の状況になれば尚更考えようもなかった。
雨の降る中を、槍を持って走るのみである。
気が進むわけでもない。
走るしか、生きる道がない。
ことここに至るまでに、逃げるという選択肢もない。
そうした発想に至れる農民など、多くはない。
ただ集落の中で育つ。
運が良ければ、そこで農民として育ち、働き、老い、死ぬ。
運が悪ければ――今だ。
足軽として槍を持ち、走る。
※
後ろから、叱咤の声がする。
「ひるむな」
そう言っているようにも聞こえる。
なんでもよい。
槍を持って走るだけである。
どしゃぶりの中を走ると、やがて、敵が見えてくる。
同じように槍を構えている。
彼らへの、ある種の仲間意識が、権蔵の中に芽生えた。
(おい、お互いに辛いな)
(しんどいもんだな、おい)
こんな風に語りかける。
だからと言って、槍の勢いが鈍ることはない。
語りかけながら、槍を突くのだ。
槍が鈍らないのは別に、大名への忠誠心から来ているのではない。
権蔵に、そんなことを意識するほどの頭もない。
ただ、「そう」なのだ。
そうするしかないという、それ以上のことはなにもなかった。
そして、権蔵も向こうで槍を持っている彼らのどちらも「そう」だからこその、仲間意識なのだ。
なにも考えずに殺し合い、殺し合うからこその仲間意識であった。
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