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いわく、あれは古代に存在した謎の部族が儀式に用いたものらしい。
その部族は非常に強い武力をもった集団で、いまでいう傭兵のようなことをして生きていた。周囲の村からの要請で猛獣や盗賊を退治したり、他の村との争いに手を貸したりして、その報酬として作物を得ていた。
彼らは独自の信仰をもっていた。そのひとつに、人を殺すことは罪ではないが、それを動機として人を殺したり、ほかの罪を犯すことは罪である――というものがあった。
つまり復讐の禁止である。
人を殺すことが生業となる中で、集団としての秩序を保つために必要なルールだったのだろう。
だがそれでは、理不尽に身内を殺された者の恨みは晴らせない。
そこで年に一度か二度、復讐をしてもよい日というものがもうけられた。
その日をどう決定したのかはわからない。彼らにも暦の概念はあったようだから、月や太陽、星の位置によってその日を決定していたのだろうか。そしてその日が決まると、復讐をしたい者が集まり戦う。その勝者のみが正当な復讐の権利を得るのである。
そして、選ばれた復讐者がかぶるのが、この仮面であったという。
家族を殺された人、友人を殺された人、愛する人を殺された人……彼らはみな、この仮面をかぶり相手に復讐した。復讐といっても相手を殺すことが必須というわけではなかったが、わざわざ権利を勝ち取って獲得したのだから、多くの場合、彼らは相手を殺したのであろう。
この仮面には復讐者の怨念がこもっているのである。
――と、そこで家主は笑った。面白くて笑ったという声ではなく、なにか思うところがあるような、含みのある調子だった。
「きみはさ、そこまでして復讐したいやつっている?」
酔っているのに、やけにはっきりとしていて、冷たい声だった。
私は少し考えて、いないと答えた。そして、きみにはいるのかと問い返した。
「いるよ」
どんな言葉を返せばいいのかわからず、私は沈黙した。
そうして相手の反応を待っていると、いつの間にか寝息が聞こえ始めた。私も眠くなっていたので、その場で横になって瞼を閉じた。
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