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家主だった。
私はなにか言い訳をしようとしたが、なにも出てこなかった。
ただ、ごめん、と、小さく謝った。私の足元に散らばった仮面の欠片を、家主はちらと見た。
「いや――いいんだ。はやくこうするべきだった」
その言葉の意味をはかりかねていると、家主が小走りで走っていく。そして自販機でペットボトルを二本買い、戻ってきてそのひとつを渡してきた。疲れ切った体のすみずみまで水がいきわたる。
「きみも見たんだろう、復讐するだれかの夢を」
私は頷いた。
家主は私の横に腰掛けて、欠片のひとつを拾い上げる。
「これを手に入れて、半年。毎日ちがう夢を見た。どれも復讐する人の夢だ」
半年! 私は驚いた。それはつまり、あの仮面が立ち会った復讐が、その日数分以上存在したということだろう。
家主は話を続けた。
「最初はまあ、気味が悪かったけど、何日かすると慣れたよ。映画でも見てるみたいで、ちょっと面白くも思ってたんだ。……でも、それからすぐだったかな。友達がひき逃げに遭って死んじゃって。最初は悲しいだけだったんだけど、車の運転手が飲酒運転の常習犯だってわかったんだ。でも事故当時に飲酒していたかは証拠が足りなくて、判決はまだだけど、危険運転致死罪の適用は難しいだろうって……それを聞いて、すぐ思ったよ。殺してやりたいって」
そこで口を閉じ、うつむく家主。
「でも……自分は夢の中の、あの人たちみたいにはなれない。復讐したって友達はかえってこないし、刑の内容はともかく、相手は一応法律で裁かれることになる。人を殺して、そのあとの人生がどうなるかなんて、考えるまでもなくわかってる。……でも、それでも納得できないって、思う自分もいて……。毎晩、あの仮面が夢を見せるたび、復讐しろって言ってるような気がして……」
家主はぎゅっと仮面の欠片を握りしめた。
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