アジアの均衡

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 コツコツと響く革靴の音。長い廊下を、定刻になると訪れる看守の歩みは全く乱れなかった。それ故、収監された者達は、その靴音が自身の部屋の前で止まらないように、日々、祈っていた。 「嗚呼、今日も通り過ぎていった。」 かつて政府で公安の仕事に当たっていた秋二(しゅうじ)は、静かに心の中で呟いた。もう八ヶ月以上収監されたままだった。今から一年ほど前のことである。条約の下、安寧な日々を送っていた小さな国家に、突如として大陸から数多の軍が押し寄せてきた。各地比配備されていた同盟国の軍は、急襲に遭い、あっけなく陥落した。程なくして戦闘に全く不慣れな国民しかいないこの国は、半日を待たずして占領されてしまったのだった。武装解除はほんの一時間ほどで終えられた。しかし、占領軍は民衆に対して攻撃を加えることは無かった。ただ武器を構えた兵士が街の至る所に配備され、国民はこれまで通りの生活を送ることを許された。空港や港湾は見張りこそ置かれたものの、占領軍はこれまで通りの貿易を行うことを許可した。物資も滞らず、兵士が街角に立っている以外、特段、変わった様子は無かった。ただ、前政府や議員の安否については、占領直後から一切の情報が途絶えた。そして、その数ヶ月後、 「コンコンコン。」 秋二の部屋の戸をノックする音がした。 「はい。」 「秋二さんですね。新政府のものです。」 戸の外から聞こえてきた言葉は、少し大陸訛りがあった。何事かと思いながら秋二が戸を開けると、其処には兵士数名とスーツ姿の男性が立っていた。 「秋二さん、新政府よりの命令です。速やかにご同行願います。」 「え?、一体、何故・・、」 秋二は突然のことに、彼らに疑問を呈した。しかし、兵士は彼の両脇をサッと抱えると、軍の車両の後方座席に放り込んだ。街中で見かける兵士は穏やかで威圧的な様子など微塵にも無かったが、秋二を連行した兵士達はかなりの訓練を受けていたと見えて、屈強でびくともしなかった。車両はそのまま猛スピードで走っていった。途中、秋二は何故自身がこのような目に遭わねばならないのかと、スーツ姿の男性に訪ねようとした。すると、助手席に座っていた男性が、大陸の言葉を短く発すると、秋二の両脇にいた兵士達が一斉に力を込めて秋二を黙らせた。 「話は後ほど。それまで口を噤んでいたまえ。」 男性は振り向きもせず、ただそう告げると、運転している兵士に車を急がせた。やがて車両が巨大な軍の施設に到着すると、同じような車両が続々と到着するのが窓から見えた。先に着いた車両からは、秋二と同じように連行されたらしい者達が、手荒な扱いで次々に施設内へ連れて行かれた。そして、秋二もまた乱暴に車から降ろされると、兵士に両脇を抱えられながら施設内に連れていかれた。細長い廊下の左側には鉄格子の着いた小窓のある戸が並んでいた。 「いつの間にこんな施設を作ったんだ?。」 秋二はあまりにも巨大な施設内に驚きながら、心の中でそう呟いた。長い廊下を数百メートル、いや、一キロ以上は歩かされただろうか。前を歩いていたスーツ姿の男性が歩みを止めるのと同時に、秋二を抱えた両脇の兵士達もその場に立ち止まった。そして、左の兵士が戸の外から鍵を開けると、男性は秋二に顎で合図した。秋二は全く訳が分からなかった。何より、疑問で満ちていた。しかし、車内と同様、今は口をきける状況では無さそうだった。仕方無く、秋二は促されるままに二畳ほどしか無い狭い独居房に入っていった。 「バタン!。ガチャッ。」 何の言葉も無く、重々しい戸が閉められた。そして、施錠の音が冷たく響いた。秋二は気持ちを落ち着かせようと、部屋を見回した。突き当たりの壁に、小さな明かり取りの窓が開いていた。部屋はどうやら南向きのようで、午後の日差しが分厚いガラスを通して室内に差し込んでいた。窓は秋二の背丈よりも高い位置にあり、外の様子を窺うことは出来なかった。 「一体、何がどうなってるんだ・・。」 大陸の国家が人権意識を持たないことは、秋二も知ってはいた。しかし、そんな国家が自国を急襲するなどとは、夢にも思わなかった。ましてや、人を人とも思わないような扱いが自身に及ぼうなどとは、想像だにしなかった。 「この狭苦しい空間に居続けることは、精神の疲弊と、やがては崩壊を意味するな・・。」 仕事柄、秋二は自身が置かれた状況が、その後、どのような末路になるのかを想像することは容易に出来た。彼は日々、犯人を部屋へ送り、時折尋問門も行っていた。それが公安に属する彼の職務だった。秋二は床にへたり込んで、窓から差し込む日の光を仰いだ。 「おい。居るか?。」 と、廊下の向こうから誰かが呼ぶのが聞こえた。戸に着いている鉄格子の間から、隣の部屋かららしき声が漏れ伝わってきた。秋二は慌てて戸の所までいくと、 「ああ。アンタは?。」 「オレか?。オレは連(れん)。アンタも公安の者か?。」 「ああ。オレは秋二。アンタも公安か?。」 「いや、オレは検事だった。」  二人は共に、前政府に属する者だった。 「コレは一体、どういうことなんだ?。」 秋二はようやく、長く抱いていた疑問を口にすることが出来た。 「ああ。占領も驚いたが、その後はいたって平和だった。本当にこの国を大陸と併合するつもるなのかと、オレも疑問に思ったぐらいさ。でもな、ヤツらは、確実にこの国の体制を変える計画を進めていた。」 「体制を変える?。」 「そうだ。」 「政府の者や、権力に携わる者を一掃するのでは無く?。」 「ああ。それは即刻行われたらしい。最早、誰一人として生きてはいない。」 「え?、そうだったのか?。」 「ああ。処刑は、占領直後に、即刻行われたらしい。」 「そうだったのか・・。」 秋二の背には、窓から光が差し込んでいたが、秋二の顔は曇っていた。 「その後なんだがな、ヤツらは国家に属する者を、次々と連行し出した。全ての者を収容するには、巨大な施設が必要だ。彼らは此処を建てるのに数ヶ月を要した。そしてその間、我々のような人間を徹底的に洗い出し、一斉検挙に出たんだ。」 「アンタは、そのことを事前に?。」 「ああ。オレは検事だったが、訳あって諜報部とも連携していたからな。情報は比較的早く貰えた。しかし、その直後、そいつは連行されて行方知れずさ。オレも消される前に何とか身を隠そうとしたが、ヤツらはオレ達の動きを完全に読んでいた。呆気なく捕まって、このザマさ。」 連はそういうと、急に喋らなくなった。秋二が国家に属する人間と知ったことで、何らかの確信を得たようだった。そして、一気に口が重くなったのだった。 「なあ、アンタ。此処にどれぐらい居る?。」 「オレか。どれぐらいだったかな・・。畜生!、此処には日時を知るものが全く無いからな。いつからだったか・・、」 秋二は連の言葉を聞いて、彼が収監されていた期間が相当長いことを察した。犯人を拘束し、社会から隔絶して時間の概念を奪う。それは彼らが共に従事していた日常の作業だった。そうやって、犯人に暴力や威嚇では無い、真の恐怖を味わわせることで、自分たちの組織が描いたシナリオ通りに自供させる。ある意味、大陸のやり方と同じ、いや、それ以上の非人道的な行いが、彼らの生業でもあった。しかし、彼らはそんな組織の歪んだ理念に何時しか麻痺し、自分たちの信ずる正義を行うことが何の疑いも無い使命だと、日常的に考えるようになっていた。 「バチが、当たったのかな・・。」 突然、鉄格子の向こうから声がした。連だった。 「バチ?。」 「ああ。アンタも立場こそ違えど、ほぼご同業だろ?。なら、犯人に仕立て上げることなど、朝飯前だったろ。」 連はかつて自身が行っていたことを告白するかのように、掠れた声でそういった。 「オレは犯人に仕立て上げたことなど、一度も無い。然るべき罪を行った者を、然るべき裁きの場に連れ出す。だから間違いなど、犯すはずも無い。」 力の籠もった声で、秋二は反論した。 「・・・ははは。そうさ。そう思わなければ、オレ達のような仕事は出来ない。でもな、オレも此処に来た当初は、そう思っていた。でもな、オレより前に収監されたヤツがいてな。今思えば、そいつは自責の念で、毎日泣きながら懺悔していたよ。自分がやっていたことは間違っていたってな。だが、どんなに悔いた所で、状況が変わることは無かった。そして数日後、ヤツは部屋から連れ出されて、それっきりだ・・。」 連の話を、秋二は神妙な面持ちで静かに聞いていた。 「連れていかれたら、二度とは戻ってこれない。放免なんてされる訳も無い。つまり、処された。そうなることが解ってたんだろうな。そいつは憔悴しきっていて、最後は声も出なかった。ただ、震えて歯がカチカチと鳴っていた。顔こそ見えなかったが、生きながらにして骸骨と化していたろうな。」 嫌な話を聞かされたと、秋二は心の底から思った。しかし、どんなに嫌な話でも、全く話し相手も無く、ただただ独房で死を待つだけよりはマシなんだろうと、秋二はそう思わざるを得なかった。そして、連より前に収監された人物の様相が、やがては連にも伝播し、そして、数週間か数ヶ月後には、自身の精神をも蝕んでいくのだろうと、秋二は想像した。絶対に、そのような目には遭いたくない。しかし、絶対に此処から生きて出られることも無い。約束された絶望を目の前に置かれ、時計の無い部屋で自身の寿命のカウントだけが着実に刻まれていく。そんな恐怖に、自分は果たして、どれ程耐え得るのだろうか。そう考えた途端、秋二の脇の下から嫌な汗が一気に噴き出し、心臓が高鳴った。しかし、秋二は明かり取りの窓の方を見つめて、ゆっくり深呼吸しながら、 「それがヤツらの、そして、オレもやって来た手じゃないか。」 そう自身の心の中で呟きながら、心を落ち着かせていった。そして、 「連さん、お話、どうも有り難う。」 そういうと、秋二は彼との話を追えて、床に横になった。  他人と語らったからなのかして、秋二はその晩、深い眠りに就いた。しかし翌朝、 「起床っ!。」 という看守の怒鳴り声とともに、秋二は突然起こされた。何事かと思って咄嗟に身支度を調えようとしたのも束の間、看守達が室内に入り込むや否や、秋二は両脇を抱えられながら、部屋の外に連れ出された。必至で何か声を発しようとしたが、あまりのことに掠れ声さえ出なかった。そして何より、自身の置かれた状況に、どんなに抗ったところで、すべては無に期すことを、秋二は既に知っていた。しかし、 「あ!。」 秋二は廊下に出て驚いた。何と、隣にいた連も、同じく看守達によって外に連れ出されていたのだった。 「連さん・・、」 秋二がそういいかけたとき、傍らの看守が 「喋るな!。」 と低い声でいうと、警棒の柄で彼の脇腹辺りを思いっきり叩いた。 「うっ。」 鈍痛に身を捩るようにして、秋二はその場に蹲った。二人は長い廊下を無言のまま連行された。そして暫く歩くと、取り調べし辛し部屋の前で、看守達は歩みを止めた。部屋は幾つかあるようで、連は右の部屋の前に、そして、秋二は左の部屋の前に立たされた。 「ノックして、許しを得たまえ。そして、入室しろ。」 看守が二人にそう告げた。秋二はまた看守から暴行を受けるのを覚悟しながら、黙ったまま連の方を見た。すると、連も秋二の方を見ていた。言葉は交わせなかった。しかし、秋二は微かな笑みを浮かべながら、小さく頷いた。それを見て、連もホッとした表情で小さく頷いた。今生の別れ。そんな言葉が、何処からともなく二人の脳裏に浮かんでいた。 「コンコン。」 「入りたまえ。」 「失礼します。」 秋二はいわれたとおりに、中からの許しを得て、入室した。位ワインレッドに彩られた室内は、普段秋二が慣れ親しんでいた取調室とは似ても似つかなかった。 「かけたまえ。」 金属製のパイプ椅子では無く、重厚な木製の椅子が其処には置かれていた。秋二は促されるがままに席に座った。目の前にはポマードできっちりと整えられた髪の男が、ファイルらしきものを見ながら座っていた。 「秋二さん・・ですね。」 「はい。」 彼は正直、これから死に至るであろう僅かな時間の間に、人とコミュニケーションを取ることなど、最早無いだろうと、そう思っていた。仮に口を開いたところで、自身への理不尽な行い、相手への憎悪の念、言葉にして発したいことが観念として多過ぎるあまり、言語化さえ難しいと、そう思っていた。そして、全ての感情を飲み込みつつ、自身の運命を直視し、受け入れようというつもりで、この場に臨んでいた。すると、 「アナタの経歴は拝見しました。アナタは実に優秀だ。国家に忠誠を誓い、職務遂行に邁進していた。いや、立派なものです。」 そういうと、彼は机の引き出しから、タバコと灰皿、そしてポケットからライターを取り出した。そして、一本を口にくわえると、もう一本を秋二の方に差し出した。 「いかがですか?。」 「いえ、結構です。」 秋二は取調官の申し出を断った。彼はゆっくり煙を燻らせながら、 「戦争というのは、残酷なものです。勝てば正義、負ければ悪、全ての価値基準が一夜にして覆ってしまう。そして、今回の大戦、いや、奇襲で、アナタの国家は脆くも崩れ去った。残念なことです。」 取調官は、秋二の国家が陥落したことに、哀悼の意を述べた。しかし、彼の心情など、秋二には全く届かなかった。我が命の在り方にのみ、秋二は集中していた。 「あの、ワタシの動向が全て把握され、処遇が決せられてる以上、何の話が必要ですか?。」 秋二は先を急いだ。処するのなら、一思いにやってくれ、そんな心境だった。すると、取調官は煙草を灰皿の上に置きながら、 「時間は長いです。ゆっくり話しましょう。」 そういうと、座り直して、両手を組みながら机の上に置いた。 「しかし、今のアナタの心境では、とても長話を楽しむなどという気持ちにはなれないでしょう。そこで、職務を兼ねて、単刀直入に窺います。」 取調官はいきなり本題に入った。目の前の男の雰囲気が変わったのを、秋二も何となく感じた。それは自身の職業柄の癖でもあった。 「アナタはこれまで、何人の冤罪者を作り上げましたか?。」 「・・冤罪者?。」 「そうです。」 「いえ、ワタシは決して、そのような者を作ったことなどありません。」 秋二は自身の職業意識に照らし合わせ、毅然とした姿勢でそう述べた。すると、取調官は微かに笑みを浮かべながら、 「最初はみんな、そういうんです。ご存じでしょ?、アナタも。」 秋二はハッとなった。確かに、これまで秋二が手がけてきた捜査でも、手強い相手を取り調べる際、全く同様の会話をしたことを思い出したからだった。 「いい難いのなら、語らなくてもいい。ですが、黙秘して自身の無罪を争ったところで、国家の後ろ盾を持ったアナタ達に、一被告が勝てるはずもない、アナタは常にそう思っていた。  そして、そのような一人の人間ではとても変え難い状況を被告に丹念にいい聞かせることで、少しずつアナタ達の描いたシナリオに合うように、相手を誘導していった。そうして、ありもしない事実を、まるで自身が行ったかのように思い込ませ、肯定させる。それが冤罪者です。」 そういうと、取調官は再び灰皿から煙草を持つと、煙を燻らせた。彼のいっていることは、図星だった。秋二の職務は、法の裁きの前に、全ての真実を明らかにすることではなく、寧ろ、機械的に、如何に被告が違法行為を働いたかを追認させることにのみ、重点が置かれていた。 「アナタ方の国家に於ける、逮捕、検挙後の有罪率は実に高い。それはある意味、司法の優秀さを物語って這いますが、同時に、そこに至るまでに、被告を如何に操る術を持っているかの現れでもある。白いものを黒と思い込ませるのは、普通は困難にに思える。しかし、彼らの精神、肉体の自由を奪い、千回、万回、億回と、威圧的に脅迫し、あるいは宥め賺しながら繰り返すことで、一個心は容易に変わりうることを、アナタもご存じでしょう?。」 取調官は、幾分、楽しげな目つきで秋二にそういった。返す言葉がなかった。彼がいったことは、全くその通りだった。しかし、そのことを肯定して職務に当たることは、自身が、いや、国家が真実を曲げて犯人作りに勤しむ、卑下されるべき集団であることを認めるようなものだった。秋二は、それだけはどうしてもしたくなかった。 「もし、アナタの国の言葉にあるように、因果応報というのがあるのなら、今までアナタが行ってきたことが、そっくりそのまま、アナタ自身のみに起こっている。ただ、それだけのことです。どうです?、お認めになりますか?。」 秋二は、近々に自身に起こったことについて考えた。彼のいうように、国家の後ろ盾と法制度あっての、自身の権限と価値観が築かれていた。そして、それが一夜にして崩れ去る事態が起き、容易に転向することなど、考えてもいなかった。仮に、自身が助かりたい乗れあれば、もう自身を守ってくれる国家は存在しない。ならば、正直に全てを語って、少しでも生き長らえる可能性のある選択をしても、最早咎める者はいないだろうと、そう考える自分が心の中にいた。しかし、それをしてしまったら、これまで生きてきた自分というのは、一体何だったのか。そのことに対する総括を行うには、これまでの時間は余りに短すぎた。そして今、この部屋で彼と語らっているこの時間が、自身の最後の生なる時間であることに、秋二は気付いた。 「タバコ、いいですか・・?。」 秋二は取調官にそう願い出た。彼は少し驚いた様子だったが、仕舞ったタバコを再び取り出して、一本を秋二に与え、火を着けてやった。そして煙を燻らせながら、 「有り難う御座います。」 と、彼に一礼した。 「お応えします。アナタのいうように、確かに人間の信念なとどいうものは、思ったよりも脆い。自身の信念に叶わないものを飲み込みながら生きていかなくてはならないのも、ある意味、社会の本質です。そして、ご指摘の通り、我々は入念な調査の元に、大量のデータと証拠を積み重ね、犯罪を立件していく。そういう職務にあたってました。被疑者の記憶が曖昧であったり、助かりたい一心で、いい加減なことをいう、そういう現場も数限りなく見て来ました。彼らよりも真実を知っているのは我々の方だと、そういう歪んだ正義感が蔓延していたのも、事実です。そして、例えそれが歪であったとしても、そのように、誰かを犯人として裁かねば、社会が先へ進めない。だからこそ、強行に取り調べと、罪の認識を行わせるんだという、そういう空気があったのも事実です。それは、アナタの属する国家とて、同じことでしょう。」 そういうと、秋二は取調官をジロッと見上げた。 「国家の勝ち負けなど、政治屋にやらせておけばいい。そして我々は、ただただ国家に忠誠を誓いつつ、それぞれの国家が掲げる法の裁きを人民に受けさせる。失礼ですが、そういった意味では、いわば同志です。お認めになるかどうかは別として。」 秋二は取調官を真っ直ぐ見つめつつ、そういった。そして、タバコを一気に吸うと、灰皿でそれをもみ消した。そして、深く肺に溜まった煙を吐きながら、 「命乞いの出来る可能性をと、少しはそんな風に思いながら、ワタシはこの場に臨みました。しかし、それは一切、無駄なことです。従って、ワタシは冤罪者など、出したことはありません。以上です。」 秋二の言葉を聞き終えて、取調官は少し驚いたような表情を見せた。 「殉ずる国家が無くなったというのに・・ですか?。」 彼の言葉に、秋二は静かに、そして小さく頷いた。  その後、秋二は釈放され、命乞いをした連は、即日処された。秋二は、新国家での取調官の申し出を断り、以後、誰の前にも現れなかった。
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