待宵

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「ほんなら佐保、頼むえ。」 「…はい。姐さん。」  ーーウチのお姐はんは綺麗。  この島原のいっとお高い紅楼閣の一番太夫の早蕨さん姐さんと並んでも引けを取らん…ううん、負けへんくらい、綺麗で賢うて、何しても絵ぇになる。  そんな、ウチにとって自慢の姐さんやけど、一個だけ…これがなかったら完璧なのにってとこがある。  それは… 「ん?…なんや。華山楼…音次のとこの新造やん。」 「……こんにちは。(とう)さん。」  ーー浅黒い肌に、右目の泣き黒子。藍色の着流し。  ウチの姐さんを華山楼に売った女衒。  ほんで、姐さんを抱いた初めてのお客はんで、姐さんが恋い焦がれてて、今ウチが持ってる…姐さんが逢いたい言う想いを認めウチに託した文の…相手。  昼間から、姐さんより地位も美貌も劣る(うまのほね)の肩抱いて、フラフラ大通りを歩いてる、浮き名だけが上等な、最低の遊び人。  …コイツさえ居なければ、姐さんは完璧やのに。  コイツが姐さんの元に泊まるたびに、姐さんは高い酒や料理をご馳走するから、姐さんはどれだけ稼いでも、いつまで経っても借金漬け。  コイツさえ、コイツさえ…  キュッと唇を喰み文を握りしめるウチに、そいつはニヤリと嗤ってみせる。 「大分島田が板についてきたやん。こりゃあそろそろ水揚げの話が来そうやな。そやしまあ、せやな。他ならぬ音次の新造や。仮に誰もお呼びがかからんかったら、俺が水揚げしたるから、楽しみにしとき。」 「…心配おおきに。そやし、姐さんがちゃんと選んでくれはりますよし、結構どす。」 「ふーん…」  ニヤニヤと嗤う藤さんから逃げるように小道に入り、姐さんの文を握り潰すと、丁度側を通ってきた屑屋にそれを渡して、振り袖を翻して楼へと帰る。  ーーあんな奴に、ウチの姐さんを汚させへん。  優しい姐さんは、真っ当な…この大門の外の人に愛されて、幸せな年季明けをするんや。  全ては姐さんの為。  姐さんの為なんや。 「みーちゃった。」 「!」  不意に聞こえた嬌声。  振り返ると、そこには同じ稽古場に通う、御影楼の新造…小夏ちゃんがいた。 「いーけないんだぁ〜。姐さんの文を捨てるやなんて。ウチ、音次さん姐さんに言い付けよっかなぁ〜」 「…別にええよ。食い扶持世話してもらっとるウチがおらんなれば、姐さんの年季明けがもっと早よなるし。」 「なんね。張り合いないなぁ相変わらず。そやし、ホンマにそれでエエの?」 「?…何が。」  狼狽するウチに、小夏ちゃんは不敵に嗤う。 「佐保ちゃんホンマは、あの女たらしの女衒に、岡惚れしてんにゃろ?せやから、姐さんを早よ外に追い出して、独り占めしたいん」  ーー一瞬やった。  図星を突かれカッとなったウチは、小夏ちゃんの頬を思い切り殴り、何するんやと喚く彼女と取っ組み合いになり、結局…音次姐さんが身銭を切り、小夏ちゃんの姐さんに落とし前の品を贈り、全ては手打ちになった。
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