水端1

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水端1

d23394ba-156e-4dd2-9b2e-10a98faffdb6 子供の頃から、どこかおかしかった。生きる自由はあるのに、死ぬ自由がないのはどうしてなんだろうと、疑問に思うような少年だった。別段、不幸な家庭に育ったわけではない。ただ母は母親である前に女で、父は家族よりも仕事が大切だっただけ。生活をしていく上で、何らトラブルはなかった。私が育ったいま両親は、別々の場所に住んでいる。いわゆる別居婚である。両親は、昔から私に何も求めなかった。そして今も、何も求められてはいない。孫の顔が見たいと、言われたことすらない。ただ産まれたから、育てた。きっと、そうなのだと思う。 『そりゃあひでえな』 生い立ちを教えろと、会ったばかりの男に言われ、つらつらと語れば、そんなふうに返された。何がひどいのか、よく分からなかった。産まれて、育て上げた。世間的には何の酷さもない。 「心にノータッチなんて、もう暴力だろ。」 心。考えたこともなかった。ただ相席になっただけの男には、小指がなかった。随分と図々しい、なんて思っていたが、この無遠慮さは、彼の元の職業が関係しているのだろうか。初対面の男にどうして身の上話なんかをしたのかというと、それは私という人間に意外と情緒があったから、と言うほかない。…人生を終わらそうかと思っていたのだ。手順を踏めば、最小の迷惑で済む。そんなふうに思っていたから、いつもは入らない、ひときわ賑やかな居酒屋に入った。最期くらいは、普段と違うことをしてみてもいいか。そんな気持ちで立ち寄った先で、彼と相席になったのだ。逝く間際、誰かに人生を語るくらいには、私にも情動的なものがあったのかと驚いている。不思議だ。死を選んで生を感じるなんて、全くもって奇妙だ。 「じゃあ貴方は、心に触れられて育ったんですか」 「あ?まあな。潰されたけど、触れられたことには変わりねえよ」 傷だらけで生きてきたから 「傷みが分かるようになったんだと思うぜ」 人の傷みが分かったって 「優しくはなれんかったから、ヤクザになって足抜けして結果小指なくしたの。まあ、めんどくせーけど、せっかく傷みの分かる男に育ったんだから、一回くらい人助けしてみようかなって思ってな。」 何か死相が出てたからよ 「アンタに話しかけたわけ。」 あともうひとつ 「アンタすげー好みなんだわ。こっちの理由のほうが大きかったな」 この後暇ならホテル行かねえ?何とも直球な誘い。人生で付き合った女性は三人。男に口説かれるのは、はじめてだった。ホテルじゃなくて、私の部屋でいいなら…誘いを受けます。そう返答すると、彼は心底驚いた顔をした。まさか乗るとは思っていなかったのだろう。先ほどから脳内でちらついている、三人目の元交際相手の仕事道具が入った箱。その中に手錠があったことを、何故か思い出す。彼女が最後に箱から出して、おざなりにベッドの上へ放った品物だった。一連の記憶に誘発されるようにして、あの夜の事がよみがえる。 綺麗に切りそろえられた 『ねえ。何でさ…貴方の見える場所に』 黒々とした長い髪。 『こんな生々しいもの』 肌を重ねる時でさえ乱れぬそれを 『置いていたか分かる?』 自らの両手で掻き乱した。 『分かるわけないわよね。』 だって一度もあたしは 『貴方の中のどこにも居なかったんだから。』 存在しない人間のことなんて 『理解出来なくて当然。』 じゃあね 『長い長い自慰だったわ。』 さよなら。 SとMが交差する場所で、彼女はボンデージを身に纏い、夜を駆けていた。世間では理解しにくいといわれる職業の彼女に、軽蔑してる?と聞かれて、いいや、と答えたのが、付き合うに至った切っ掛けだった。トントン拍子で半同棲。率先して日々の家事をこなし、夜には出ていく。遅くまで営業しているスーパーで、買い物をして帰ってくる。そんな毎日。五年が経ったある夜、彼女は思いの全てを吐き出し、さよなら、と言って突然出て行ったきり、帰って来なくなった。一ヶ月ほどして彼女から手紙が届く。書いていた内容にしたがって、商売道具以外の全ての私物を箱に詰めて送った。道具は処分してくれ、とのことだったが、それは未だに残ったまま。命を絶つと決めた時に、過ぎりもしなかった未練にさえならなかったそれを、破棄しなかったのは彼女が言った言葉の数々がずっと、分からないままだったからかもしれない。今日はその積年の謎が、解けそうな気がした。忘れるほどのこと。されど思い出したのには、きっと理由がある。会計を済ませて、彼と何となく歩幅を合わせつつ、帰路に着く。 「いくつ?」 「28ですね」 「はは、若えな。俺はその7つ年上だ。名前は?あっ下の名前だけでいいぞ」 「一生といいます。一生って書いて、ひときって読みます。」 「へえ、良い名前じゃねえか。…つけてくれたの両親じゃねえだろ?」 「母方の叔母がつけてくれたそうです。」 「はは、やっぱりか。俺は繋子。繋がる子って書いて、つなしって読むんだ。母方の家が檀家だったらしくてな、よしみで坊さんがつけてくれたんだと。」 「それは個人としてはあまり聞かない来歴です。家は無宗教だったので。」 「うちだって無宗教だぜ?早々に俺の親父と離婚して母親は新しい男作って、実家追い出されてクソアパートで男と母親と俺の三人暮らし。」 当然のように暴力にまみれた 腐った家庭だったよ。 よくある話だろ? あとは居酒屋で話した通り。 「…どうしてヤクザを辞めようと思ったんですか」 「あー?そうさなあ…堅気になれるチャンスは多分これが最後だなって気づいたからだな。」 優秀だったから ガッコ卒業してすぐその道に入ってな。 だから堅気になるって選択肢が そもそもなくてよ。 「けど十年ぐらい経った頃に、組抜けて一緒に働かねえかってしつこく勧誘してくる馬鹿が現れてな、意図せず選択肢が出来ちまったんだよ。要約するとそれに乗っちまったんだ。俺も馬鹿だったってことだな。」 これでも結構上にいってたんだぜ? 今より数倍稼いでたなあ。 そう昔を振り返り 懐かしむ表情には 優しさが滲んでいる。 「…その人は恋人ですか」 「いーや?向こうは嫁も子供もいるノンケだ。」 俺はな…割り切った関係のが 性に合ってんだよ。 不意に下を向いたせいで どんな表情でそう言ったのか 分からなかった。 彼との関係が これっきりで終わるだろうと 予測出来るようなその言葉に 心臓が重く動いた気がした。 気がつけば歩き慣れた道。見えてきたマンションを視界におさめ、あそこが自宅です、と指を指す。随分と歩くんだな、と言われて電車を使えば良かったですね、と思ったことをそのまま伝えた。エレベーターに乗り、三階のボタンを押す。目的の階に着くと、開のボタンを押し、先に出るよう促すと、彼は軽く礼を言って出た。何歩も歩かぬうちに、家の前に着く。見慣れた自宅のドアを開けると、後ろから強く肩を引かれ、ガチャリとしまったばかりのドアに押し付けられた。次いで唇を奪われる。舌を絡めて、深く深く交わすそれは、今までのものとは違う。鮮烈に直に届く感覚がある。なぜ…だろうか。 名残惜しそうに離れゆく唇。 「…、…んっ…鍵、ちゃんと閉めろよ」 「…はい」 言われた通りに鍵をする。 「拒否感は…なさそうだな」 「ないです……離れがたいぐらいで」 「ははっそりゃあ良かった。」 いま己が抱えている この感覚を彼に伝えたくて 脈絡なく きっとこの場面では 雰囲気を壊すであろう 言葉を発する。 「……死のうかと思ってたんです。」 そう。 そのつもりだった。 「今時分には、この世にいない予定でした。」 長く長く続く生を まっとうする意義が 見い出せなかった。 遺書も書いた。 退職の手続きを済ませて 生命保険も解約して ひとつの口座に財産を集約させた。 めぼしい葬儀場も見つけて。 すべてはとどこおりなく済むはずだった。 なのに、私は いま生きている。 「貴方が言った死相というのは当たりです。」 長らく機能していなかった部分が 動いているようなこの…この、感覚。 新鮮、という言葉がしっくりくる。 唐突な打ち明け話を 黙って聞いていた彼は 短く、良かったな、と言った。 次いで柔らかな声色で 「…死んでたら、今のその離れ難いなんて感覚、味わえてなかったぞ。」 そう言葉を続ける。 …俺の誘いに乗ったってことは、奥底じゃ生を望んでたのかもしれねえ。そういや昔、国営放送で、死を深く意識して生還した偉人が言ってた。自分は再び生まれたのだ、と。死ぬはずだったのお前が、いま生きているってことは、今日がお前の二度目のスタート地点、てことなんじゃねえか。こっからまた、イチからやり直しゃあいい。 そんじゃあ手始めにさ 「初セックス…すっか?」 少し茶化した感じで 彼はキスの続きを催促する。 彼の言った言葉の数々で、いまのこの新鮮な感覚が、どこからくるのか見当がついた。生だ。生から、来ている。28年間生きてきて、今ほど自らが存在していると、強く感じたことはない。ずっと、この感覚に満たされていたい。終わって欲しくはない。惜しむような感覚は初めてだった。その気持ちのまま自ら唇を奪う。彼が仕掛けたものよりもずっと深く、舌をもちいて交わる。それに沿うように応えてくれる彼。唇を合わせたまま、互いのまとう服を脱がす。少し唇が離れた際に、待て、と制される。彼は私の身体を鼻でなぞり、手で確かめてゆく。それは上半身からゆっくり、やがて下半身へとたどり着く。緩く反応している中心を、布地の上から撫で擦って下着を下ろすと、両手をそえて口にくわえた。亀頭をねっとりと舐めまわし、ぐっぐっと緩慢に咥内にすべてをおさめる。念入りに丁寧に、性感帯を刺激してゆく。腰が溶けるような、というのはこの様な時に使う言葉なのだな、と思う。彼はとても巧妙だ。長くは持たない、と言うとそのまま彼は、動きを早めた。何とか出すまいと我慢するが、堪えきれず、口に出してしまう。 「…は、ッ…すみま…せん」 「んー…ふっ、んん…良い、よ…俺が出させたんだし」 彼は器用に一滴も漏らさず、私のものを呑み下した。眉間に少し寄った皺が煽情的だ。ははっ、まだ玄関だったな。そう言われて気づく。玄関で脱ぎ散らかした服は、土埃でぜんぶ着れる状態ではないだろう。洗剤はまだあっただろうか。そう思う自分がおかしい。当たり前に、この後のことを考えている。 「寝室…行きましょうか」 彼の手を引いて、足早にベッドルームへ向かう。慣れた手つきでドアを開け、足で閉めると、少し荒っぽく彼をベッドに押し倒した。軽くキスを落とし、彼が私にしたように、彼の身体をなぞってゆく。唇から顎、首筋、鎖骨、乳頭から腹、恥骨そして中心に到達すると、ゆっくり下着を脱がした。無理しなくていいぞ、と言いながら、髪を梳く彼の手は心地良い。自然な動作で、口に迎え入れる。彼の反応を伺いつつ、慎重に弱い箇所を攻めてゆく。頭部で震える彼の指先は、私の口淫に堪えられなくなって、段々とすがるような素振りを見せ始めた。 離せ、という意図で 「…は、ァ…ッ…んン…ふ、う…イッ…ちま、うっ…」 軽く髪を引っ張られる。 先刻の彼がそうしたように 私も彼の意向にそむき 攻める手を早めた。 口の中でビクビクしている性器が 限界が近いことを知らせる。 たまらない、とばかりに 彼の腰が動き、亀頭が喉を突く。 ああ、もう。 そう思った刹那 「ッ…ァ、あ、イッ…クっーーッ、は、ンン…」 ぶるりと震え、彼は達した。 勢いよく飛び出した精液に むせそうになりながら 何とか呑み下す。 「ばか、やろう…だから言っただろうが」 無理しやがって。 言葉とは裏腹に 再度、髪を梳く手は優しい。 ローションはあるか、と聞かれ、ナイトテーブルの引き出しの中に、遺失物の未使用品が一本あったことを思い出す。引き出しから出して、包みを剥がし手渡すと、準備がいいな?とにやつきながら問われる。元彼女の物だと答えれば、なるほど、と納得された。まあなくても俺の財布の中に、パックのローションが二袋ぐらいあったけど。その気で来てたから…準備もしてきてるし。男は女より大変なんだぜ?矢継ぎ早に告げる彼は、官能的な笑みを浮かべていて、その表情に煽られるがまま、何度目かの口づけをする。 「お勉強…してみるか」 吐息混じりに、そう提案する彼。静かに肯定すると、ローションを手渡し返された。追って彼は言葉を続ける。繋がるにはそれなりの準備がいるんだ。ちゃんとしっかり見聞きしろよ。彼は大胆に開脚し、自らの尻の肉を掴み開口部を露出させ私に見せつけると、指にしっかり塗り込んでケツ穴にも多めに垂らしてくれ。あと中指から挿入するんだぞ、と無知な私に指南する。なるほど…確かにこれは学びだ。男は女より大変だ、と彼は今し方そう言った。全くもってその通りである、と実感する。注意深く中指を挿入すると、彼は少し苦しそうに息を吐く。異物感を感じているのだろうか。違和感をいなすように、深呼吸をする彼の様子を見ながら、中指の出入を開始する。 「…ふ、ン…中を、探っていったら……突起がある、から……それ、見つけたら、ッ…ア、そ、こっ」 さっきよりも深く眉間に皺を寄せ、明らかに異物感を感じていた時とは違う反応をする。言われた突起を、緩やかにじっくりと刺激すると、彼は胸を上下させて、口淫の時とは比べものにならないほど、大きく喘いだ。押し出そうとする動きをしていた後孔は、引き込むような素振りを見せ、ゆるんだのを確認すると二本目、三本目と指を増やす。彼いわく私の性器が通常より大きいという理由で、念の為の四本目を挿入する。四本の指が難なく出し入れ出来るようになった頃合で引き抜くと、彼は惜しむような声を上げた。 「ン、ッもうちょい…味わってたかったなあ」 「もう一度やりましょうか」 「いや、いい。それより」 こっちのほうがイイ。両足を私の背中に回したかと思うと、そのまま力を入れ強引に引き寄せられる。体勢をくずし、とっさに彼の顔の両横に左右の手をつく。何とか彼の上に倒れ込むのは阻止したが、先ほどほぐした箇所に私の陰茎が触れてしまう。それを狙っていたとばかりに、自ら腰を揺らし擦り付ける。ゴムは、と彼に囁くように問われて、ナイトテーブルの引き出しの中を見た時にはなかった、と答えると、セーフ派だから絶対ナマはヤらねえんだけど…仕方ねえから今日は許してやるよ、と言われた。 「安心しろ、ビョーキは持ってねえ」 だから、な 「いっぱい…出していい」 極上、だって評判なんだ。俺の、ナカ。視覚と聴覚にダイレクトに届く淫靡さ。同時に他の男の影がチラついたことで、考えるより先に、身体が動いた。彼の両方のモモ裏に食い込む私の指、二の腕をフルに使い、力任せにそのまま押し上げれば、彼の背中がマットレスから離れ、臀部があらわになる。両膝と足の指先でしっかり己の体重を支え、腹につきそうなほど勃起した性器の先を、彼の柔らかくなったその場所に押し当て、ない理性を働かせゆっくりと挿入してゆく。シーツを掴みながら、苦しさと悦楽が混ざった喘ぎを上げる彼に当てられながらも、最後まで丁寧に腰を進めすべてをおさめた。すぐに動きたいという衝動を抑えながら、大丈夫ですか、と聞けばもう少し馴染むまで待て、と返された。 「…は、ッ…ン…起こ、してくれ、」 彼の言う通りに抱き起こし、対面座位の体勢になると、内壁が少し収縮した。繋がったままで動くのは、刺激が強すぎたのだろう。痙攣が落ち着くと、私の顔を覗き込み、鼻先を合わせ、微笑する。ごく自然に、触れるだけのキスをした。彼は背中に手を回し、身体を隙間なく密着させる。私の髪のにおいをちょっと嗅いで、子供みてえな匂いだ、と言った。それから少し無言が続いて、抱き合ったまま。互いの肌の体温に差がなくなった頃合で、彼がゆうぜんと話し出した。 「…聞こえるか、心臓の音。」 ふたり分の心音は より大きく響くんだと 「生きてるから、感じるもんだ。体温も脈拍も…セックスも」 はじめて知った。 「二度と死のうなんて思うなよ。もったいないぜ、死んだら何にもないんだ。」 どんな表情でそう言ったのかは 分からなかったが きっと、穏やかなものだろうと そんなふうに思った。 瞼を閉じで深く彼を感取する。ああ、ひとつになっている。まざまざと感じて、欲があふれ出す。欲しい。彼が、欲しい。漠然としていて強烈なその情意を持て余し、彼を抱く腕を強めれば、続き、するか。 そう続開を提言された。頷けば、動いていいぞ、との許しを得る。頭を打たぬように押し倒して、緩慢に腰をつかい、彼から教わった突起を探し、当たるように調整して、見当をつけ徐々に動きを早めてゆく。狙って突けば突くほど中の具合は良くなり、絶妙な加減で締め付けられ、私の陰茎は早い段階で膨大していて、耐久戦は無理だと判断し、彼の性器に手を伸ばす。 「…っは…あッ、ン、ぁ」 裏筋を撫で上げ、亀頭を手のひらで擦ると、仰け反り身悶える。それに構わず一連の動作を続行すれば、彼は私に手を伸ばし、行き過ぎた愉楽を訴えた。その手を取り、親指から順に舌を這わしてゆく。人差し指、中指、薬指…そして第二関節から先がない小指を、ことさら丹念に愛撫する。続けながら伏せていた眼を彼に向けると、別して顔が真っ赤になり、ひときわ大きく性器を震わせた。その過度な反応は、こんなふうに愛撫された事がなかったからか、それともされた事を思い出したことが原因で、なのか。後者ならば、私は。 「…アっ、あ、ッん、も、イッ…」 限界が近いのだと、中が小刻みにふるえていることで、察する。理性は完全に機能せず、加減もせずに腰を振り続ければ、彼の眼からとめどなく涙が流れはじめた。もう駄目だ、と途切れ途切れに言う声は、店で出逢った時の彼からは想像も出来ないような繊細なもので。彼の泣き顔と声が合わさって脳に直撃し、心臓が大きく脈打ち陰茎が限界まで膨張する。もう私も限界だった。静かな寝室に、肉のぶつかる激しい音が鳴り響く。 「…はッ、ァ…つな、し…さ」 「ふッ、ぁ…ッア…ひ、と…は、ァきっ」 互いの名前を呼び、唇を合わせる。 「…ん、ンン……ふ、ァ…も、も、イッ…ーーーッ、は…ァ」 ビクッビクッ と、彼の腰が震え 次いで、手のひらに広がる 生ぬるい感覚。 ああ、達したのか。 そう気づいたのも束の間 彼の絶頂により 内壁が激しく収縮し 搾り取るような動きをする。 「…ン、ふ、ッーー…っ!…は、っァ」 その括約筋の動態に耐え切れず 彼の最奥で達した。 私の意志とは関係のない、子孫を残そうという動物としての本能が働き、奥へ精子を届かせるためにグッ、グッ、と腰が勝手に動く。その動作にも過敏に反応する彼の様子に、我慢がきかず口を塞いだ。息が出来ねえだろうが、と不満を言われて謝ると、良い、とすぐに許された。彼の息が整ったのを見計らって、ひと思いに引き抜けば、彼の身体が瞬刻弓なりになる。半開きの開口部からは、出したばかりの私の精液が漏れ出ていて、どうするんですか、と処理の仕方を聞く。 「どうするって、そりゃ掻き出すに決まってんだろ。」 ナイトデスクの上に置いてある、ティッシュを数枚取り、彼は器用に漏れないようにティッシュをかます。腰を庇いながら、起き上がろうとする彼に、手を差し出せば、すまねえな、と礼を言われる。風呂まで肩を貸してくれ、と要望を受け、こころよく承諾した。寝室を出て、彼のペースに合わせ、ゆっくりと風呂に向かう。脱衣所に着き、浴室のドアを開け、彼を先に通して、かましたままだったティッシュを渡すように促す。片手で丸め横着をして、脱衣所のごみ箱に放ると何とか中に入った。それを認めて自分も浴室に入ると、彼をバスチェアに座らせ、パネルの電源を入れ蛇口をひねる。温水になったのを確認し、彼に処理を買って出る。 「勉強熱心で関心するぜ、ほんと」 フツーはやりたがらねえぞ?そう苦笑いし、のっそりと動きはじめる。椅子から腰を浮かせ、後ろのタイルに手をつくと、臀部を私の方に突き出した。さっきほぐした時と大体一緒だ、と言われ先刻の内容を思い出しながら、ゆっくり指を挿れる。二本の指を奥まで差し入れ、内壁を掻き分けると、少しずつ私の出した精液が流れ落ちてくる。体内から外へと流れ出るその感覚に、彼はハッと短く息を吐いた。指の位置を変えながらしばらくそうしていると、滴り落ちてこなくなってすべて出切ったのだと分かる。後はシャワーで数回流せば終わりだ、と彼が補足した。教えられた通りに、お湯の温度を低めに設定し、開口部を出来るだけ広げ、シャワーヘッドを近づける。お湯が中に溜まったのを見計らい、シャワーを離して全部出たのを確認し、一連の動作を再び最初から行なう。それを三、四回繰り返したところで、もういいぞ、と処理を終わっていいことを告げられた。シャワーをフックにかけ、もう一度椅子に座るようにすすめようと、彼に近づき気づく。…勃っている。掻き出すのに集中して気づかなかったが、彼の敏感な場所に触れてしまっていたのかもしれない。 「抜くの、手伝いましょうか」 「…勃ってねえ奴の手を借りるのは、さすがに気が引ける」 そう言われて 己の下半身に眼をやれば 半分勃ちの状態だった。 それに気づいた彼は 堪らないとばかりに笑い出し 「二人とも、なら話は別だなあ。」 頼むわ、と 私の申し出を引き受けた。 床タイルの上に座り込んで、向かい合う。互いの性器を擦り合い、高みを目指す。眼をつむり、ふけっている彼の表情を盗み見る。睫毛が長いな、と心づく。こんなふうにまじまじと見なければ、きっと知らなかっただろうと、緩やかに上り詰めながらそう思った。程なくして達する。身体がだるい。私がそんなふうに感じるということは、受け身である彼はもっとだろう。一息に立ち上がって、彼を椅子に座らせ、ボディータオルをふたつ手に取り、ひとつを彼に手渡す。一足先に身体を洗い、ざっとシャワーで流しながら、ひとりで大丈夫ですか、と聞けば、じいさんじゃねえんだから大丈夫だ、と返される。ゆっくりして下さい。先に上がりますね、と二言残し、浴室を後にする。脱衣所の洗濯機の上の棚から、タオルを二枚出して、ひとつは洗濯機の上にそのまま置いておく。もうひとつのタオルで、身体を適当に拭き、髪の毛をぬぐいつつ、寝室に戻った。クローゼットの引き出しからスラックスと下着を出して着用し、未使用のボクサーパンツを探し出し、新しいシーツもついでに取ってベッドに投げる。彼が着れるような服はないかと、そのままクローゼットを漁っていると、黒い箱を見つけた。…彼女が置いていった道具が入ったものだ。蓋を開けると、あの手錠が入っていた。手に取り、見つめ、仕舞おうとして、手が止まる。……思い出したのは、使うべきだからか。処分をしろ、ということなのか。どちらなのか、と考えた直後足音がして、慌てて手錠をポケットに入れる。 「なあ、玄関のアレ履ける状態じゃねえから、下着貸してくんねえ?」 「…そのつもりでした。これ、どうぞ」 あとスウェット上下ならあるんですけど 着古してるんでちょっとヨレてて 「それでもいいですか」 「あー…上だけでいいわ。普段下着で寝てっから下履くと違和感あんだよ。わりーな、助かる。」 「玄関の服は明日洗って乾燥機かけますね」 「…ああ、すまねえな。」 手際良くシーツを剥がし、丸めて放る。新しいシーツを張って布団を整え、身体が辛いだろうと、先にベッドに入ることをとき勧めた。着替え中の彼は、生返事をする。汚れたシーツを小脇にかかえて、玄関に向かい、散らばっている衣類を回収すると、脱衣所のカゴにつめた。手を洗ってキッチンへ。冷蔵庫から水を二本出して、再び寝室に戻った。ベッドに腰を掛ける彼に、一本水を手渡せば、気が利くな、と軽く礼を言われる。喉を潤し、電気を消して、ベッドライトをつける。ふたりでベッドに入り、向かい合うと、おもむろに彼が話し出した。 「二度目のスタートに必要なもんは、何だと思う?…玄関でした話の続き」 「…わかりません。」 「守るもんだよ。帰ってくる場所。」 死ねないなって引き止める 絶対的なもの。 「お前、結婚とか考えたことなさそうだもんなあ」 良いもんなんだって 傍から見てると思うよ。 「…一緒に仕事してる人の事ですか」 「そう。…俺は持てねえから、見込めねえけど…お前は望めるんだぞ。」 気立てのいい嫁さんもらって 子供作って 自分がもらえなかった愛情 目一杯注いでやって。 「温かい家庭を作ることだって出来る。」 優しく、諭すように、私のこの先を話す彼。その話には、彼の姿はない。自分はこっち側の人間だって思うんなら、別だけどな。それでもおめーみたいなヤツは、俺みたいなの選ばなくても選り取りみどりだし。俺は一度っきりの関係しか持たねえ主義だから、これっきりになるがな。…次からは俺みたいなのに誘われてもOKすんなよ。初対面で家に呼ぶなんて言語道断だからな。それだけ気をつけてりゃ大丈夫だ。彼の話を聞き終わって、ああ、やっぱり…彼とのこの先はないのか、と確信する。自分にしか聞こえぬほど小さく、手錠が擦れる音がした。彼の眼を見つめながら、向かい合ったまま寝ていいか、と願いを言えば、でけえ子供みてえだなあ、と御胸に抱かれた。しばらくして頭上から、寝息が聞こえ始める。やはり、負担が大きかったのだろう。起こさぬように手錠を、ナイトテーブルの引き出しにしまい、元の位置に戻れば、無意識に抱き寄せられる。彼の体温に包まれて、二人分の拍動を聴きながら、そのまま眠りに落ちた。
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