渇求3

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渇求3

夕食まで時間があるので、要望があれば聞きますが…何かありますか。テレビが観てえ、と言えば、リビングへ誘導される。ソファに座ると、すみません、と流れるような動作で、足錠をつけられた。まあ、同じ体勢で寝転んでるよりはマシか。そう肩をすくめる。リモコンを手渡されて、どうも、と軽く礼を言う。電源を入れてチャンネルをまわすが、昼下がりの番組は何とも肌に合わないものが多い。自分で頼んでおきながら、観たいと思える番組はなく、無難に国営チャンネルを選んだ。テーブルでPCを操作する彼に、さりげなく視線を移す。この男何かしら動いている気がするな、と今日を振り返って思う。ゆっくりするという概念がないのか、それともこの生活が安定するまでの間忙しなくしているだけなのか。こちらを向くと予測出来るような所作なく、ばっと顔の方向を変え、視線をこちらに寄越した男に少し肩がはねる。 「飲み物でも入れましょうか」 「…頼む。あっつい緑茶が飲みてえ」 先ほどの問いに返答すれば、彼はすぐに席を立って、緑茶を作り始めた。…要望はたいがい受け入れてくれるようだ。これほど緩やかに、時間が流れる監禁があるだろうか。許容を享受しまた自分も許容する。普通の共同生活に協力性が必要なように、監禁生活においてもそれが必要だ。程なくして緑茶を持って来てくれた男に、礼を言う。 「ありがとさん。お前、料理出来んだな。誰に習ったんだ?」 「一応は出来ます。全てネットで調べて、見様見真似です。」 昼飯のことに触れれば、器用さがうかがえる答えが返ってきた。自分は結構努力で物事に挑む人間なだけに、何でもそつなくこなす人間を羨ましく思っていたが、彼を見ているとそれはそれで難があるのだと分かる。隣の芝生は青く見える、とはよく言ったものだと思う。皆そう見えるだけで、何かしら苦労をしている。それからぽつぽつと、取るに足らない話をしているうち、夕刻になった。夕食の準備をしますね、と彼は立ち上がる。よろしく、と返し流しっぱなしにしていたテレビに視線をうつす。手持ち無沙汰になって、何か手伝うことはないか、と言えば、大丈夫です、と返された。誰かが動いているのに、何もしないというのは、結構居心地が悪い。そうは言っても、強く打診するのはまた違う気がする。調理をしながら、良い番組はありませんか、と聞かれ、まあ合う番組はねえな、と正直に言えば、何か観たいものはありますか、問われる。映画とか?と思いつきを口にした。次の買い出しの時に、何本かレンタルしてきましょうか、と提案される。お前セレクトでお願いするわ、と突発的なそれを肯定した。 「私は…あまり映画を観ないのですが」 「ぽいな。なんでレンタル店のカードなんか持ってるんだ?」 「学生の時に集団で作ったからです。それからずっと年会費だけ払い続けてきました。」 「なるほどな」 「映画に関して無知なので…そえるような作品をセレクトできるか分かりません」 「別に何借りてきたって文句言わねえよ」 「そう言って下さるなら、何本か選んで借りてきます」 目の前の男が選ぶ作品はどんなものだろうと、純粋に興味がわく。とんとんと話がまとまるな、と感心する。こういう受け身なところが、彼が今まで人間と関り続けてこれた理由なんだろう。話しながらも作る手を止めない彼の調理は、そうこう会話しているうちに、カツを揚げるところまで進んでいたらしい。それから十数分経って、食卓に移動しましょうか、と足錠を外し食席に促される。席につくと、見様見真似とは思えないほど完成度が高い、味噌汁に漬物までついたカツ丼が出来上がっていた。すげえ、と率直な感想が出た。それを聞いて、ありがとうございます、と彼が言う。 「出来たてなので、気をつけてください」 見慣れない変わったフォークが手渡される。先端が丸い。…子供用のものか。無いよりは有るほうがマシだと、とくに気にもとめないというふうに、いただきます、と食べ始めた。やはり作りたては美味い。十数分でほぼ食べ終え、残りの一口はスプーンで彼の手から食べた。手錠をはめたまま食べるには、限度があるためだ。食べたいと思ったものが、すぐに食べられるという、ささやかにみえてぜいたくなその事実に、素直に感動した。それから彼が後片付けをするのをぼんやり見ながら、そのまま食席からテレビを流し見て、片付け終わってPC操作をする彼と、二言、三言ことばを交わす。さりげなく食卓に持ってきてくれていた、リモコンでチャンネルを吟味する。地方チャンネルで、往年の洋画がやっていることに気づき、そのまま流していると、未だに根強い人気のある女優が出ていて、その寸分の狂いもない整った顔立ちを、しばし見つめる。綺麗な顔だ、と思った。はたしてこの男は、どう感じるのだろうか。疑問のままに、なあ、と彼を呼び、この女優どう思う?唐突に問いかけた。この顔の造形は日本人にはないものですね、非常に鼻が高い。と人種の外見差についての感想を述べられ、思わず笑ってしまった。ああ、笑っちゃダメだろ。 「何かおかしなことを言いましたか」 「いーや、全然。は~…邪魔して悪かったな」 「いえ、大丈夫です」 身体は、何とも正直だと思う。食欲を満たせば、睡眠欲を満たそうとする。クライマックスに近づく洋画を、重くなる瞼を持ち上げながら観続けていると、寝ますか、と彼が言った。ああ、と夢うつつで返事をする。寝室に促され、ベッドに横になると、つめてもらえますか、と言われて身を奥によせる。リビングの明かりを消した時点で、そうかな、とは思っていたが…やっぱり一緒に寝るのか。控えめに伝わる体温、すみません、の言葉と共に、胴にまわされた両腕。かすかに抱く手が強くなったのを感じて、寝にくいだろ、と言うのをやめた。ベッド柵に手錠が繋がってなくても、これじゃあ寝返りできねえじゃねーか。ため息をかみ殺して、自分で自分の呼吸の音を意識すると、瞼が自然と落ちてくる。心地よい眠気にあらがわず、そのまま眠りに落ちる直前、繋子さん、と呼ばれて、反復のように、返事をしそうになって止めた。声色に切望が滲んでいたからだ。この場所でずっとは居られない。俺には俺の生活が、繋がりがあるから…応えてはあげらんねえよ。そんな思いを抱きながら、気付かない振りをして、意識を手放した。
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