渇求4

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渇求4

***** 監禁初日は一日がとても長く感じたが、それ以降は時間が過ぎるのが早かった。ベッドからリビングに活動範囲が広がったこともあるだろう。ベッドで過ごすことはほとんどなくなった。監禁というよりは軟禁に近いような気がする。手錠が外れることはないが、鎖が長めの物に変わったりなど、日常生活で必要最低限困らない拘束になっている。ここ数日で困っていることといえば…風呂に入れない事くらいか。毎日服を変え、全身をタオルで拭いてくれてはいるが、それも限界がある。…そろそろこの生活が始まって一週間が経つ。奥世が行動を起こすころだ。堅気になってからずっと何年も掛けてきていた、保険が適用されてくれれば良いのだが。…あの探偵は少し抜けているところがあるから、心配はつきない。俺との大事な契約を、ちゃんと覚えてくれているのだろうか。自力で外に出る完璧な機会は今のところない。手錠が完全に外れるのは、トイレか服を着替える時くらいだ。俺を意識している彼のスタンガンを回避して、足錠をしたまま逃げられる気がしないので、後者は言わずもがな却下。前者もイマイチ成功率が高そうとは言えない。あのスタンガンさえなければ、成功率は格段に上がると思うのだが、そうもいかないのだ。 ソファで考え込んでいた俺に 「今日の夜、入浴しましょうか」 唐突に彼はそう告げた。 まるで先ほどの思考を 見透かされたような気がして 「…通販した手錠、届くの今日か」 内心少し焦る。 「そうです。多分午後に届きます。」 そうか、と返して、頼むわ、と入浴の件に関しても返答した。毎日三食食べていると、彼の料理にも慣れた。和洋中をこの一週間で味わって思ったことは、ファミレスのような安定した味だということ。マニュアル通りとでもいおうか。とにかくレシピに忠実だということがうかがえる。アレンジという選択肢が、そもそもないのかもしれない。……これから出来ていくのか、と監禁初日の彼の表情を思い出し、思い至った。ともかく、太ったような気がする。気のせいだろうか。いや、きっと気のせいではない。極端に運動量が少ない。というか、ほぼ皆無なのだから、当たり前だろう。 「…おめーのせいで太った。確実に運動不足だ」 「…食事を減塩のものに変えるか、手を使わず出来る簡単なストレッチをする等々…早急に手配しますね。」 健康面の配慮が 全く足りていませんでした。 すみません、と謝る男を前にして、そういうことではないんだよな、と思う。それを説明するのは違う気がするし、今の俺の発言は意図せず、まるでどこぞのお嬢様のようで、重ね重ねため息が出た。すっかり座り慣れたソファに深く身をあずけながら、ストレッチの方向で頼む、と返す。味の薄い料理は苦手だ。…それにしても、あまりに皮肉もなく健全だと言える日々を送っている。三大欲求の二つを満たしているこの生活で、不健康と言えるのは残りひとつを満たしていないことくらいか。唯一の身体を密着させる機会といえば、就寝時くらいだ。最初はそういう行為がないだろう、とは思っていなかった。だがどうだ。彼は無理強いは全くしない。話し合いでの解決でおおかた済んでいる。…まるで一週間前の一夜がなかったかのようだ。 「昼ご飯、出来ましたよ」 慣れた手つきで運ばれてきたお膳を見れば、美味しそうに湯気が立ち上がった他人丼が乗っている。いただきます、と手を合わせる。彼は自分のぶんを食べる手をとめて、俺が何度か口に運ぶのを見届けてから、また再度食べ始める。いつも食事の最初はそんな感じだ。相手が相手なら、何か薬物的なものが入っているのかと思う。まあ、こいつに限ってはないだろうが。もしも薬を盛るなら、もっと早くにやっているだろう。ここまで時間を費やす必要はない。時間をかけて作ってくれたものを、30分と経たずに完食する。ごちそうさまでした、と手を合わせると、お粗末さまです、と返された。流れるように食器を回収されて、すまねえな、と礼を言う。食器を洗い終わった彼は、おもむろに数日前に借りてきたDVDを出してくると、俺の前に置いた。 「今日はどれを観ますか」 「あ~…アクションものとかある?」 「ありますよ。レッ○っていうタイトルの洋画」 「誰出てんの?」 「ブルー○・ウィリ○とかモーガ○・フリーマ○などですね」 「結構有名どころが出てんだなあ。どんな話?」 「引退した工作員の話です。かつての仲間との友情や、恋愛要素もあるそうですよ」 レビューに書いてました。 「わざわざサーチして、借りてきてくれたんだな。」 ありがとう。 「…いえ。結構楽しみにされているような、気がしたので。合わなかったらすみません。」 …感謝をすれば、少しだけ目元が緩む。まるで最近そう言われ始めたばかりのようだ。生きてきた中で、きっとたくさん、ありがとう、と言われきたはすだ。…その感謝の言葉が、響いたのは…おそらく、この生活をはじめてからだったのではないか、と推測した。最初の呑み屋で出会ったあの時から、随分と表情が柔らかくなったように思う。自然と隣に座る彼と、コーヒーを飲みながら、映画を観ることが日課になりつつある。彼が選んでくる作品は、バラエティに富んでいて、飽きない。あまり触れたことがない、というのが逆に良かったのかもしれない。 「…分かりやすくて、おもしろかった。」 「それは…良かったです。」 「こういう設定がいきるのは、海外ならではだよな」 「…お国柄、様になるんでしょうか」 「随分年をとっているんだろうが、綺麗な女優だな…あのヴィ○トリ○って役の俳優」 「ああ…年齢のわりに皺などあまり見受けられなかったですね。偶然ですが同じ女優さんが出演している、時代モノのDVDもレンタルしてきていますよ」 「おっ ちょっと気になるな…」 そんなやり取りを数度繰り返しながら、映画鑑賞をしていると、いつの間にか外は暗くなっていた。晩御飯を食べ、ゆっくりする。各々の時間を過ごすうち、彼は買い揃えていた、俺用の寝巻きや下着 バスタオルを用意して、さり気なく脱衣場に置く。ステンレス製の手錠を俺のもとへ持ってくると、足錠を先に外して、今日届いたばかりのその手錠にうやうやしくつけ変える。風呂が沸いた音がして、彼に促される前に自分で立つ。ゆったりとした動作で、行きましょうか、と言われて、ああ、と生返事をした。二度手間だなあ、と思いながら彼の後に続く。まあ、俺がそれをするわけではないし…彼がそれで良いのなら、それで良いのだが。脱衣場でたんぜんと服を脱がされて、何だか気恥ずかしくなる。寝室で服を脱ぐのとは少し違う感じがする。そりゃそうか。だって拭う間と、風呂に入るのじゃ裸さらしてる時間の長さが全く違うもんな。浴室に入ると、初っ端に風呂に入った時にはさして気にならなかった、箇所に眼がいく。鏡横や浴槽横に手すりが付いていて、年配の人向けのマンションなんだ、と聞いたことを思い出した。まさかこんな形で、内装が生きてくるとは思わなかっただろう。彼は片手の手錠を外して、手すりにはめる。結構な隙ではないか、と一瞬思ったが…彼の視線をいつもより感じたし、ここではないと俺も思い直した。 「湯加減、どうですか」 「ああ、丁度いい」 「それは良かった。では、頭から洗っていきますね」 しなやかな若い男の手が、髪を繰り返し梳いて、洗う。眼を閉じていると、その指先と流れる湯水だけが、全てになる。大切に扱われていると、まざまざと感じて、むず痒くなる。こんないい年の男相手に、何をしてるんだか。洗髪剤を垂らされ髪が泡立ってゆくにつれ、懐かしい匂いがしてくる。昔ながらの石鹸の匂いだ。今どき、こんな匂いのもの、あるんだな。二、三度のシャンプーの後、丁寧にリンスまでされた。洗髪が済み、懐かしい匂いのシャンプーとリンスだな、と言えば、小さい店の無添加の商品なのだと教えてくれた。通販限定のものなんだそうだ。まるで新生児にでもなったような気分になる。きっと頭皮や髪のことまで考えて選んでくれたのだろう。同じ匂いのボディーソープで全身を洗われながら、思う。足の指の先まで丁寧にこすられても。陰嚢や陰茎を恥ずかしくなるくらい、丁重にこすられても。不思議と性の片鱗すら感じない。一通り洗い終わり、湯船に浸かってひと息つく。服を着たまま浴室にいるのは、中々に辛いはずだ。一緒に入れば、と提案すれば、大丈夫です、と返される。一気に済ましてしまったほうが、体力的負担は少ないだろうに。しっかり温まって浴室を出ると、濡れた全身を、柔らかいバスタオルでくまなく拭き取ってくれる。拭き終わり、おろしたてのボクサー、肌着、寝巻きを手際良く着せた後、行きましょうか、とゆっくり手を引かれる。リビングのソファで、足錠と通常の手錠につけ変えた後、冷たい麦茶を出してくれた。その麦茶をいただきつつ、彼にも飲むように言う。季節に関わらず多量の汗をかいた時には、水分を取ったほうがいい。彼は素直に聞き入れて、二杯ほど麦茶を飲んでから、浴室に向かった。急激に上がった体温が、少しずつ下がってゆく過程は、ふわふわとしていて、絶妙に気持ちが良い。彼を待つ間、何を考えるわけでもなく、ただぼーっとしていた。 「…繋子さん」 いつの間にか風呂から上がってきていた彼に、名前を呼ばれるまで、ずっとほうけていた。疲れましたか、と聞かれて、まあ、と返す。寝ますか、と次いで聞かれて、ああ、と返せば、彼は足錠を外して、寝室に誘導してくれる。いつものように、ベッドの片側につめて、彼の寝るスペースを作った。通常は彼と顔を合わせないように、壁のほうを向いて寝るのだが、今日は向かい合わせのまま、眠ろうと思った。彼の真意を確かめたいという気持ちから、そうした。彼は少し、驚いた表情をしている。俺の意図がわからないのだろう。無言のまま、しばし見つめ合う。自ら身体を近づけ態度で示す。彼の手をなぞった俺の、その指先の動きで、彼は俺の望みを、くみとったようだった。彼の手に陰部を押しつけつつ、手の甲で彼の局部をまさぐって、抜き合いたい、という意思を伝える。呆然としていた彼も、少し遅れて俺に続く。スラックスの中に手を入れ、お互いのモノを取り出して、隙間なく密着させる。相手の動きに合わせながら、二本まとめて扱いてゆく。久しい性の感覚は、ゆるやかで優しい。まるで覚えたての頃のように、互いを強く意識して。それとは対照的に、ゆっくり高め合う。そういうことが…したくないわけではないのか。彼はとくに抵抗などはしないで、俺に協力的だ。じりじりと迫ってくる射精欲に、身体が軽く震える。ほどなくして、達した。ふたりの手で受けた精液を、彼は素早くティッシュで拭き取り、リビングからお湯で絞った温かいタオルを持ってきてくれた。そのタオルで手などの汚れた箇所を拭ってくれる。 「悪いな……風呂、入ったばっかなのに。」 「…いえ。大丈夫です。」 後始末を終えて、彼はあらためてベッドに入ってくる。向かい合うかたちのまま、互いに触れず、視線だけを合わせて、そのうちに眠りについた。
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