『la chiacchierata.』(ロレンツォ×レオナルド)

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『la chiacchierata.』(ロレンツォ×レオナルド)

 夏を前にして、春の悪天候は収まりつつあった。じめじめとするこの時期はやけに神経が逆立っている者が多い。かくいうロレンツォもその一人だ。  仕事のために訪れた本部は空調が効き涼しく、なんとも快適だった。待ち人を待つついでに少し休息でもと思い煙草を取り出す。火を付けて煙を吸い込むが、この湿気でやられていたのか不味い。顔を顰めたロレンツォはすぐに灰皿に押し付け、「クソ(カッツォ)」と呟いた。  そこに一人、猫背でフラフラとやってきた男が、ロレンツォの右向かいにあるソファに音を立てて座った。  ロレンツォは最初、この男が誰か分からなかった。カポの執務室横にある吹き抜けの応接間は、幹部以下の構成員は使わない(正確には"使えない")。だからこいつは幹部で間違いないはずだが、こんなにもボロ雑巾のような有様の男がいただろうか。  ロレンツォが凝視していると男が顔を上げ「ロレンツォ……」と低くガサついた声を出した。その顔を見てロレンツォはやっとこの雑巾男が誰か分かった。  黒い猫っ毛とはっきりと分かれた白のメッシュ、前髪の隙間から見えるロゼ色の瞳。カルロ・スキラッチだ。メガネがなく、部下も連れていないため気が付かなかった。  普段から見た目に頓着のない男だが、ここまでじゃなかったはず。少し驚嘆しながらもロレンツォは声をかけた。 「カルロ、だよな?どうした、デモ参加者に踏み潰されたダンボールみたいになってるぞ」  カルロの頭が錆びたボルトを回すようにぎこちなくロレンツォの方を向く。その不気味さに頬がひくりと痙攣した。 「レオン……どこ……」  まるで恨み言でも吐いてるのかと勘違いするほど、その声色は酷い。ロレンツォは心配こそしなかったが、少し哀れに思った。 「レオナルド?俺もさっき訪ねたが部屋にはいなかった。またどっかでサボってんだろ」 「そっか……彼は、本当に、自由だ……」  そう言うと、カルロの身体からふっと力が抜け、傾き、そして横になった。沈黙し死んだように静かになる。ロレンツォは目の前で十字架を切り、「アーメン」と唱えた。  しかし、仕事に関しては疲れを見せないカルロだ。彼をここまでにするなんて、一体何の案件だろう。直近の大きな交渉を思い出してみるが、どれもピンとくるものはない。そもそもロレンツォのシノギとカルロの役割は違うのだから当然なのだが。  ならばそれ以外で何か大きく周知されていることはあったかと考えてみる。すると思い当たる節が一つだけ浮かんだ。 「交通整理か!そんなに大変なのか?」 「流通経路区間整理及び開発、だよ」  カルロが顔をソファに伏せたまま訂正した。しかし否定しないということはビンゴだろう。  確か、物流コスト削減のために流通経路の整理をするとか何とか、そんな話をされた記憶がある。カルロもそれに合わせて監査用の人員を再配置するとか言っていた。かなり大がかりで面倒な仕事だが、これが上手くいけばヴァーズの市場はかなりいい方向へ発展する。その利益はコンビナートと工場を仕切っているカルリトはもちろん、カタギ向けの卸しや店舗経営をするロレンツォやアミルカレも甘受できる。出る結果の大きさに期待のできる案件だ。  だが始動するのは一ヶ月も先の話で、なぜカルロはこんなにやつれて可哀想な状態になっているのか。ロレンツォは死んだウジ虫のように動かない男をただ無言で眺めた。本当に哀れだ。
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