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『Troppo dolce non è una cosa negativa.』(メリダ×レオナルド)
警察や財務局も来ていないというのにエントランスホールが騒がしい。いつもより人は多いが、そんなことはこの男に関係ない。半世紀を過ごしたにしては若く、だが杖をつきながら歩く背中は年相応に見える。彼を見た者は皆、道を開け礼儀正しい挨拶をする。中には「サンドロ」と名前を呼び捨てる者もいるが、その目はどこか怯えているように揺らいでいた。それもそのはず。サンドロは彼らの友人ではあるが、同時にかなり優位に立つ支配者でもあるのだから。
冷や汗を流す"元"友人たちを嘲笑するように一瞥し、サンドロは奥へと進む。この騒動の引き金を引いた本人へ会うために。そう前を見据える視界の端に、見慣れた金髪が入り込んだ。
「おい」
ありえない、とは思うが確認せずにはいられなかった。しかし、こんなに鮮烈で鮮やかな金髪を見間違える方が不可能だ。声に振り向いたのは予想通りの人物だった。
「お前ぇ、何でこんなとこにいんだ?」
ざわめくエントランスホールを静かに観察していたレオナルドは、サンドロを見た瞬間、への字の口をさらに曲げる。
「役員会はどうした」
肩をすくめるだけでレオナルドは何も言わない。その代わりに表情が全てを語っていた。不満で仕方がないという子供じみた顔は、サンドロにとっては馴染みがある。こういう時は大抵、レオナルドの"先生"が関わっていた。今回もそうなのだろう。
というより、今日はそれのために来たのだ。
「なぁんかあったってぇ顔してんなぁ〜?」
少しだけ下を向く視線を覗き込まれ、レオナルドはふいとサンドロから顔を背けた。
「嬉しそうにすんなよ」
抑揚がなく落ち込んだ声は、拗ねているというよりも悲観的といった方が正しい。怒られても噛みつき、罵倒も笑って流すレオナルドがここまで落ち込むとは、何があったのだろうか。
父親として、そして組織の上に立つ者としてサンドロが放っておけるはずがなかった。
「何だぁ、パーパに話してみろぉ?」
ただでさえ不器用で天邪鬼なレオナルドには真心のこもった心配よりも、茶化してからかう方が効果はある。だからサンドロも平時の調子でそう言うが、返ってきたのは舌打ちと眉間のシワだった。
「キモい」
「何だと?」
心配してやってるんだ、という言葉は飲み込み、サンドロはそのブスくれた息子の背中をトンと叩いた。
「いいから来い、このクソガキ」
元気でも損気でもださせてやると、まだ反抗的だった背中を押す。するとその罵倒が効いたのか、意外にも素直にレオナルドは歩き出した。驚いて隣を見たサンドロの目に映ったのは、不機嫌ではなく申し訳なさそうに肩を落とす子供の姿だった。
「……かなり重症だな」
苦笑を零すサンドロに、レオナルドは何も言い返さなかった。
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