『la chiacchierata.』(ロレンツォ×レオナルド)

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 レオナルドから渡された書類は全てロレンツォが今日取りに来たもので、計画書には赤いインクで訂正や提案が追記してあった。  それを確認しながらロレンツォはもう一度レオナルドに尋ねる。 「原因が分かってるなら教えろ。じゃないと、メリダに言うぞ」 「俺のこと、ていうかメリダのこと何だと思ってんのさ……」  ロレンツォは肩を竦めて「飼い主だろ」と言った。レオナルドは、俺は猫か犬だとでも思われてんのか、と唸った。  犬猫かどうかはさておき、実のところロレンツォの言う通りで、レオナルドには心当たりがあった。だからこそ言いたくないのだが、どうせロレンツォは聞かないし譲らない。レオナルドは手を止め、気まずそうにペン尻で頭をかいた。 「昼寝(ソンネリーノ)」 「ソンネリーノ?」 「言ったでしょ、忙しかったって。だから」  だから、と言われてもロレンツォには何も理解できない。忙しかったから昼寝ができなかったということなのか?それが心当たりのある理由なのだとしたら、普段から昼寝しないロレンツォや他の幹部は体重計の針がマイナスになっているだろう。ロレンツォの頭にはハテナが浮かんでいた。 「あとは食べる量、減ったかもな」  レオナルドが付け足した言葉に、今度こそロレンツォも頷く。 「だろうな。食事の相手が腹黒い狸ばっかじゃ、そら食欲も失せる」  レオナルドが襲名後、しばらくはメリダやカルロ、サンドロ顧問(コンシリエーレ)が会食や夜会に出席していた。しかし最近になってレオナルドが全て参加するようになった。  そう、全てにだ。  昼はフロント企業や役員との交流という名の食事会。夜はほぼ毎日、招待を受けたプライベートパーティや、役人との密会。  真っ黒な思惑だらけで、油断をすれば刺される。腹の探り合いをしながら高い肉を食べても、胃もたれするばかり。そんなことを繰り返せば痩せるなんてのは当たり前だ。 「大問題だな」  呟いたロレンツォにレオナルドが苦々しく笑う。 「だろ?帰ったら食い直そうって何回も思ったんだけど、眠気に勝てなくて無理。なんでこんなに眠いんだって考えたらさ」 「……昼寝、か」  つまり、痩せたのは単純に食事量が減ったから。しかしレオナルドの言い方から察するに、今までは夜食でカバーができていたのだろう。それが最近は忙しさのせいで寝不足になってしまい、食欲よりも眠気が勝って、結果痩せてきているということなのだ。  レオナルドが呑気に昼寝をしていたのはただサボっていただけだと思っていたが、この寝不足を補うための本能的なものだったのだろう(ただのサボりの時もあるとは思うが)。  つくづく燃費が悪いヤツだと呆れる一方で、ロレンツォはレオナルドに対して少しの危機感を覚えていた。  レオナルドは自分のこととなると急に無頓着になる節がある。今日、こうして気づけたからいいものの、もし誰も何も言わずにいたら、無理をして体調を崩していたかもしれない。  部下として、そして仲間として、懸念を見つけてしまっては、黙っていられないのがロレンツォという男だ。 「今、お前のスケジュールを立ててるのはカルロだったか?」 「そーだけど」  忙しさが原因ならばそれを何とかすればいい。そんなロレンツォの考えに気づき、レオナルドはすかさず待ったをかける。 「今はやめといた方がいいぜ?会いに行ったら多分殺される。俺何も言わずに出ちゃったから」  何を言ってるんだと言おうとしたが、あのゾンビのような今のカルロなら殺人ぐらい平気でしそうではある。だからと言って現状をそのままにはしたくない。どうするべきかと真剣に悩むロレンツォに、間延びした声でレオナルドが言った。 「別にそんなに心配しなくていいっての」  しかしロレンツォはチラリと目線をレオナルドに寄越しただけで、黙り込んだままだ。この後ロレンツォが向かう場所は想像できる。だが行ったところで毒を吐かれるか半殺しにされるかの二択だろう。つまり無駄足になる(そもそもカルロが忙しさで荒んでしまった原因はレオナルドにあるのだが)。  それにレオナルドは今に不満がある訳では無い。むしろ今までが周りに甘えすぎていたのだと、少し申し訳なく思っていた。確かにまだ体がついていかないが、カポという立場はもっと忙しい。もちろん昼寝なんてできないほどに……。  とにかく今は慣れるためにも現状を変えて欲しくない。しかしこのまま心配されるのも情けない。どうにかしてどちらも解決する方法はないか、レオナルドの優秀な頭脳が打開策を見出した。 「ロレンツォ、今夜時間ある?」  突拍子もなく掛けられた問に、考え込んでいたロレンツォは一瞬キョトンとしたが、腕時計に目を落とすとすぐに頷いた。 「ああ、二十一時以降なら」 「オーケー。じゃあ仕事が片付き次第……ここに来て」  レオナルドは引き出しから便箋を引っ張り出し、そこに番地と通りの名前、そして建物名を素早く書くと、ロレンツォへ差し出した。 「遅れても問題ないから、必ず来いよ。待ってるぜ」  一拍遅れながらもとりあえずイエスを返したロレンツォは、渡された便箋に書かれた住所を見て首を傾げた。  ダウンタウンの港近くにある店のようだが、生憎、ロレンツォのシマは港通りの海沿いの地域と街の中心にあるセンター街にある。ダウンタウンとは目と鼻の先だが、ただ近いというだけで詳しくはなかった。  この場所を選んだのは何か理由があるのだろうか。疑問に口を開きかけるロレンツォだったが、はっとして自分の腕時計を見た。ただ書類を取りに来るだけだったため、ほんの十分程度あれば事足りると思っていた。しかしレオナルドを待ってる時間が思ったよりも長く、気がつけば三十分以上経っていたのだ。  ただでさえ詰まっているスケジュールを、これ以上圧迫したくない。 「できるだけ早く行く」 「ん、約束。お仕事頑張ってね、俺の色男(ダメリーノ)」  言い残して振り返りもせずに去っていくロレンツォの背中を、レオナルドは手を振りながら見送った。
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