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二十一時四十分過ぎ、仕事に追われる大人でさえ帰路につく時間。雨が降ったおかげか、昼間とは変わって、少し涼しさすら感じる気温まで下がったようだ。湿気の混じる風が、仕事終わりのロレンツォの肌ゆっくりと冷やす。乳白色の街灯が照らす見通しの良い道で、ロレンツォは一人立っていた。
大通りから車を降りたのは正解だった。ロレンツォの立つ道は、こんな時間でもチラホラと人影があり、そのどれもがガタイのいい酔っ払いで、千鳥足で危なっかしい。もしここにシボレーを走らせれば一体何人にぶつかられ、何人に野次を飛ばされるだろう。もしレオナルドが一緒にいれば、「面白そうじゃん、賭けようぜ!」などと言ってきそうだ。
面白いほど簡単に想像出来る姿にロレンツォが口元だけで笑う。するとふいに暗闇から何かが近づいて来るのが視界に入り、ロレンツォの顔から笑みが消えた。水溜まりを踏む音を聞きながら、手はジャケットの内側へ持っていく。
服飾を扱ったりカジノを運営するという職業柄、いつもは派手に大きく行動するが、今は灯りを避けて闇に溶けるようにしている。明らかにカタギじゃない人間のとる行動だが、わざわざそこに近づいてくるのは、バカか、死にたがりか、同業者か。
「待たせた?」
聞こえた声の方をじっと見ていると、ようやくその姿が街灯の光の中へ入ってきた。薄灯りをチラチラと返す金髪と、その下には見覚えのあるデザインのスーツ。そして悪びれもしない口調が、間違いなくレオナルド本人だと証明していた。
「ああ、随分と待ったな」
少しからかってやろうとロレンツォはわざと声音を低くしてみるが、レオナルドは「ウソ」とひと言、ニヤリと笑った。
「何で分かる?」
「俺の方が先に着いてたから」
得意げに鼻を鳴らし、レオナルドはロレンツォに一歩、踏み出すと同時にロレンツォのコートのポケットをぽんと軽く叩いた。
そこに感じた違和感に、ロレンツォがすぐ手を入れてみると、馴染みのある手触りの何かが入っていた。握りしめた手を出し開くと、闇夜の中でも分かるほど鮮やかなミント色のパッケージ。白い花がデザインされたそれは、いつも眠いと駄々をこねるレオナルドに、眠気覚ましにとロレンツォが渡している飴だ。
「知ってる?ダウンタウンじゃ菓子屋も遅くまで商売するんだぜ」
つまりレオナルドは先に着いていて、ロレンツォが来るまでの手持ち無沙汰な時間を有効活用したのだ。ロレンツォは手を挙げ片目を瞑り「参った」と笑う。レオナルドは小さく笑うと、やっと目的地のドアを親指で指しつま先の向きを変えた。
「入ろうぜ」
「賛成だマイボス。エスコートに期待してるぞ」
ロレンツォの言葉に、レオナルドはウィンクで答えた。
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