『la chiacchierata.』(ロレンツォ×レオナルド)

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 レオナルドが子窓付きの古い扉を押し開くと、中から賑やかな声と、鼻をくすぐる香ばしい何とも言えない香りが漂ってきた。同時に「いらっしゃい!」という若い女の声も飛んでくる。 「パブか?」 「そ。俺のお気に入り。海の男達の気まぐれパブ」  思ったより広く人の多い店内を見回しながら、ロレンツォはさりげなくその席数や客層を確かめていた(所謂、職業病というやつだ)。テーブル席が八つに、小さな島を作るカウンター席が十席程度。カウンターはほとんど酒飲みの男たちで埋まっているが、テーブル席はまだ三つほど空いているようだ。レオナルドはそのうちの一番奥、店の端にある席へ迷いなく進んでいく。 「不定休だから、開いてる時に来なきゃ」 「じゃあなんで今日は開いてるって分かったんだ?」  レオナルドはわざとらしくウーンと悩みながら椅子を引き、座った。 「俺の運のおかげ、かな」 「流石だな」  ロレンツォはそれだけ言って、レオナルドの向かいに同じく座り、椅子の背にコートをかけた。  レオナルドは常にツイているというのは、ロレンツォだけでなく幹部は誰でも知っていた。その幸運を引き寄せる彼を人は"絶世の金髪"や"金髪の女神"などと呼んでいる。手に触れれば良いことがあり、ギャンブルに連れていけば負け知らず、失せ物は自然と見つかり、ウインクを貰えばその先苦労なし。胡散臭いにもほどがあるが、しかしそれが事実になってしまうほどの幸運を見せるのがレオナルドという男だ。  だから、不定休の店がたまたま空いていたのは俺の運のおかげ、という言葉にロレンツォは特に疑問も抱かなかった。  予想以上にあっさりと納得されて、レオナルドは慌てて付け足した。 「っていうのは冗談!単なる計算」 「計算?」  さっきとは逆に、計算という言葉にロレンツォは眉を寄せる。  レオナルドは内心で、これでも元は警察(サツ)や高官のおじさん達の情報収集屋(ネズミ)だったんだけど、と思いながら、咳払いをして続けた。 「流通区間……経路整理……?ウンタラがあっただろ?カルリトとアミルカレが血ぃ吐きながらやってるやつ。俺もそれを手伝っててさ、当然、今のモノの流れがどんな感じかってのは分かってきて、仕入れルートなんてのはもうスケスケの丸見えってワケ。この店は……」  そこにちょうど若い女のウェイトレスがやってきて、レオナルドにニコリと笑顔を見せた。 「今日は赤毛の二人、いないんだ」 「ああ、いるとうるさいだろ?」 「アタシはうるさいの好きだけど。もちろんそっちの旦那もいい男、アタシの好み!」 「ハハハッ、これは光栄だ」  ウェイトレスはロレンツォにも同じようにニコリと笑いかけた。ロレンツォはお返しにと淑女にしか見せないと決めている"落とすための"笑顔を作る。するとウェイトレスは驚いたように目を見開き、さっと頬を赤くした。 「やだ、ちょっと、本当にかっこいいじゃない……」 「こんなに麗しいレディに褒められるなんて嬉しいな。良ければこの後、時間があれば……」  息をするように口説いていたロレンツォの脛に、いきなり鈍い痛みが走った。 「い"っ……!?」  テーブルの下でウィングチップのつま先がロレンツォを蹴ったのだ。その犯人であるレオナルドはロレンツォをじとりと睨む。 「この子はまだ十五歳だ」  それを聞いてロレンツォも流石に少しは怯んだが、黙るどころかニヤリと悪巧みをする時の笑みを浮かべ、さらに言語までイタリア語に切り替えた。 「俺は趣味じゃないが、その年なら引く手数多だ。個人的にはもっと淑やかだと有難いがな」 「アンタなあ……」  マフィアとしては正しいが、人としては最低な発言に、レオナルドが呆れたというように眉を上げる。すると横からウェイトレスの咳払いが聞こえた。ロレンツォはその方向にまたもキラキラとした笑顔を見せるが、ウェイトレスの表情は乙女の可愛らしい赤面から、挑発的な笑みに変わっていた。 「レオの連れなら何となく察してたけど、まさかアタシを売り物にしようとしてるなんてね。もしかして、女の子を見る度にそうやって口説くフリして騙してるんじゃない?」  彼女の言葉にロレンツォの表情が険しくなる。なんと彼女もイタリア語が話せるのだ。つまり、全て筒抜けだったということ。 「……レオナルド」 「だから止めたじゃん」  レオナルドは頬杖をつきながら続ける。 「言っとくけど、ダウンタウンに住む人間は、カタコトだろうと大抵はイタリア語を話せるんだぜ。英語の話せないアジア人でも、ね」 「そうよ。アンタ本当にレオの連れ?ダウンタウンに来たことは?」  レオナルドに続いて、ウェイトレスが追い打ちをかける。三人の中で一番歳上で、さらに街の経済の一角を担うロレンツォが、まるで無知だと言われている有様だ。ロレンツォは分かりやすく不機嫌になっていった。 「大人には色々な事情ってモンがあるんだよ、お嬢さん」  ロレンツォは懐からお気に入りの紙巻を取り出し、ライターのフリントホイールを荒々しく親指で回す。ジリッという音ともに火がつき、灰色の煙が一本立つ。その様になる仕草にほうと見とれていたウェイトレスだったが、仕切り直すように咳払いをすると、「それで、注文は?」と手のメモを持ち直した。 「俺は何食うか決まってるぜ。アンタは?食いたいのとかある?」  少し考える素振りをしてから、レオナルドはロレンツォに尋ねる。ロレンツォはテーブルの上にあるシミの着いたメニューをチラリと見るが、すぐに視線を外した。 「同じのでいい」  高級品だブランドだと日頃から煩いロレンツォだが、こういう田舎風のパブに何回か行ったことがある。しかしどこも似たようなメニューに、似たような味。それがイタリア料理の店なら、味付けがシンプルな分、違いもそんなにない。つまり料理に関しては特に期待はなく、ただ面倒くさかったのだ。  そんな内心を察したのか否か、レオナルドは肩をすくめると「まあいいけど」と呟いてウェイトレスにオーダーした。 「そんじゃ、アクアパッツァとガーリックトーストと……あとビール!ビールはすぐ持ってきて」
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