『la chiacchierata.』(ロレンツォ×レオナルド)

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 二人はしばらくそうして店内の雑音を聞いていたが、ロレンツォがふと思い出したようにレオナルドを見た。  最近のレオナルドは、夜になると毎日のようにパーティへの出席や権力者とのディナー、あるいはロレンツォと共にカジノのVIPルームで高官たちと黒い話をしている。そのためテッペンを超えてから本部に戻ってくるのが通例だが、今日はそんな予定も無かったのだろうか。昼間に着ていたカジュアルスーツのままだし、髪だってセットしていない。 「そういえば、今日は……」  夜は特に何も無かったのか、と聞こうとした時、テーブルに料理が運ばれてきた。白い皿にはトマトの赤がよく映え、中央に寝そべる魚の尾は飛び出している。湯気を立てるその隣にバスケットが置かれたが、山を作るほどガーリックトーストが盛られていた。 「こりゃ景気がいいな!」 「いつも気持ちよく食ってくれるから、オヤジからサービスだって」  フォークを渡しながらウェイトレスはそう言うが、それにしたって多い。軽く三人前はあるか、もしくはそれ以上か。嬉しいのか困ったものか、微妙な表情をするロレンツォに対して、レオナルドはぱっと表情を明るくさせた。 「ありがてぇ!サンキューって伝えといてよ」  するとウェイトレスは同じく笑みを浮かべ、さっと身を翻し、店の入口へ向かう。忙しない店内に、また客が増えたようだ。 「繁盛してるな」  ロレンツォの言葉に頷きつつ、レオナルドはガーリックトーストを取り、もう片手にフォークを握った。 「ここの飯は美味いぜ」  フォークの先で魚の腹側を開くように引っかけると、簡単に一口サイズの白身が外れ、ほこっと湯気を立てた。それをスープに浸すと、レオナルドはそれをガーリックトーストの上に乗せる。そして思い切りかぶりついた。ザク、とも、パリ、とも聞こえる音とともに、表面に塗られたオイルがじわりと滲み出る。その様子にロレンツォの喉が鳴った。  ロレンツォもフォークを握るがそれ以上動かさず、まだ吟味するようにその大皿をじっと見る。ここのアクアパッツァは少し変わっているからだ。よく見るアクアパッツァは、メインになる白身魚の他に、アサリやムール貝のような貝を一緒に入れる。しかしこの皿の中には貝殻はなく、その代わり背の曲がったエビが並んでいた。  貝がエビに変わったところで特に不味くなるはずはない。ロレンツォは白身魚とすっかり火の通ったチェリートマトを口にした。白身は舌で潰すとほろほろと解け、噛むとほどよい塩味と魚の旨みが、それがトマトの酸味と絡み合う。一気に唾液が出てきて、もう一口と今度は変わり種のエビを口に運んだ。  噛むと、弾力はあるが簡単に噛みきれて、エビの味と潮の香りが一気に広がる。味付け自体はシンプルだが、魚もエビも味が、旨みが濃いのだ。素材がいい証拠だ。  「確かに鮮度はいいな。特にエビがうまい」  そう言ってロレンツォはまた一口食べ、次はガーリックトーストを手に取った。  斜めに輪切りにされたバゲットのクラムにバターを塗り、薄く焼き目が着いたあと、ガーリックオイルをかける。クラストは歯切れがいい程度に焼かれていて、固くはない。それでもパリッといういい音が鳴り、後を追うようにガーリックと、ほのかにバターの香りがする。微かに小麦粉の甘みがあり、レオナルドがしたようにアクアパッツァと一緒に食べるとより美味いだろう。  ロレンツォが再びフォークを皿に向けると、いつの間にか腹身の三分の一が綺麗に消えていた。それだけでなくバスケットの山も小さくなっている。消えた先は口をもごもごと動かす目の前の細っこい男だ。 「お前……本当によく食うな」  呆気にとられるロレンツォに、レオナルドは特に表情を変えず、肩を竦めた。 「よく食わないと、やってけないから。燃費が悪いんだ」  そしてまたガーリックトーストにかぶりつく。それもひと口ずつ頬張る度に、美味しいというように口角が少し上がる。レオナルドは無意識だが、その食べっぷりを見ているだけで、ロレンツォは腹が満たされていくような気分になった。フォークよりもビールがよくすすむ。 「不便なヤツだ」 「そう思うなら毎晩俺を連れ出してよ、今日のクソ見たいな夜会からさ」  『今日の』という言葉に、ロレンツォは飲み込みかけたビールを吹き出しそうになった。  つまり、今晩も例のごとくレオナルドは利権絡みの食事会やパーティに参加する予定があり、今頃はまだその煌びやかで金のかかった会場にいるはず。それがこんな港近くの大衆酒場にいるということは……。  ロレンツォは、ついにやったか、と内心思った。つまらない、行きたくないと文句を言っている姿を何度も見たことがあったため、いつかはすっぽかすんじゃないかと懸念していたが、そんな度胸は流石にないと踏んでいた。だがこの状況だ。  まさか自分がトリガーになるなんて、ロレンツォも夢にも思わなかったのだ。  驚きと呆れと、少しの感心と、複雑な感情の中、ロレンツォはやっと口の中のビールを飲み込んで、深いため息を吐く。 「……そんなことしたら誰が苦しむと思ってんだ」 「メリダかカルロかカルリト。そして翌日に怒られる俺」  悪びれもせず答えるレオナルドは、ビールジョッキを掴み徐に掲げると、ニヤリと笑って「共犯」と言った。  イタズラにあったときのようにポカンとしたロレンツォだったが、すぐに同じくニヤリとして、二回目の乾杯の音を鳴らした。 「ああ、そうだ。だから喜んで連れ出してやるさ」  レオナルドは欲しかった答えが得られたことに満足そうに笑うと、ジョッキの中身を一気に飲み干した。相変わらず美味そうな飲みっぷりを、ロレンツォはガーリックトーストをかじりながらじっと見る。  この青年はそういう男なのだ。楽しくないことはやりたくない。常に刺激を求め、そのための度胸と成功させる強い運がある。  我儘でいい加減だが、一緒にいると色んな意味で暇しない。そんなところにロレンツォは惹かれたのだ。
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