『Troppo dolce non è una cosa negativa.』(メリダ×レオナルド)

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 レオナルドが幹部会議で言い放った一言は、幹部全員に衝撃を与えた。まるで脛を殴られたかのように顔を歪ませる者、ウンザリだと言うように額に手を当て天井を仰ぐ者、表情にこそ出てないが罵声を吐く者。様々な反応が意外で面白く笑いそうになったが、レオナルドはさらに続けた。 『役員の裏切りは珍しいことじゃない。それは俺でも知ってる。でも今回はちょっぴりヤバそうなんだよ』  この『ヤバそう』は実はちょっぴりという限度を超えていて、もうレオナルドだけの判断では事を収集できなくなっていた。  レオナルドの言う通り、役員が組織を裏切るのは珍しいことではない。かなり悪どいやり口で大金を稼いだり、組織に損となる政治活動を始めたりなどがその一例だが、そんなことで潰れるようなファルネーゼ家ではない。100年近く続く歴史が、そんな一人や二人に止められていたらそれこそ『ヤバい』。  しかし今回に限っては裏切った役員の人数が十人近くということ、さらにその中には警察や保安局と手を組んで、あろうことかカポであるレオナルドを刑務所へ閉じ込めようと画策する奴がいた。  始まりは単純で、ただ普段から偉そうに喚き散らす老人たちを、弱みを握って懲らしめてやると、少しの思いつきで探り始めたことだった。だからレオナルドも最初こそ傍観しようと思っていたが、あまりにも人数が多いことと、何か謀略のようなものを感じて、本格的に探りを入れ始めたのだ。調べている間は役員たちとトラブルになりたくなくて、何を言われても顔に出さず、ただひっそりとやり過ごす。そうして昔のツテから浮浪児やホームレスまで、ありとあらゆる道具を使って情報収集に勤しむ日々が始まった。  すると叩けば叩くだけ埃は出てくる。むしろ嘘であってくれと祈りたくなるほどで、そんな裏切りはなかったという証拠を探してしまうほどだった。残念なことにそんなものは見つからず、出てきたのは裏切りがあったと確実に証明するもので、レオナルドにはもう引き返す道は残っていなかった。  そして仕方なく、どう処理するべきか幹部会議で声を上げたところこの反応だ。レオナルドだけでなく、その場にいたほぼ全員が重いため息を吐いた。 『全部で何人だ?今度は何をした?』  イライラとしながら尋ねたのはロレンツォだった。今度は、ということはやはりこういうことは珍しくないのだろう。 『だいたい十人くらいかな?ほら、名簿にしといたよ』 『十人?そんなに?』  レオナルドがそう言うと、向かって右前、二つ隣に座っていたカルロが身を乗り出して言う。そしてレオナルドが持参した書類のうち数枚を取り出すと、一番に手から奪っていった。 『どこかのギャングが手を引いた可能性は?』  冷静に聞いてきたのはレオナルドの向かいで腕を組んでいたカルリトで、落ち着いた口調でそう言う。レオナルドは静かに首を振った。同時に加勢するように左前に座っていたジュリオが言う。 『ない。そんな動き、見えない』 『そうか。より深刻だな』  カルリトがこめかみに手を当てた。 『チッ、あの老害どもがよぉ。面倒なことしてくれんなぁ』  ジュリオの横に座っていたアミルカレはそう言うが、他の面々とは違い深刻そうな顔はしていない。幹部陣で一番気性が荒い彼の反応を見て、レオナルドは首を少し傾げた。 『アーミーはどう思う?』 『その呼び方をやめろ!ぶっ殺すぞ!……チッ、だからよぉ、役員十人が同時に裏切ったっつうことは、俺ら幹部の半分が裏切ったと同じだろぉ?腐れギャング共が手ぇ出してねぇんだったらよぉ、何かそいつらには同じ目的があんだろぉよぉ』 『……つまり?』 『その十人の中によぉ、いるんだろぉなぁ、先導者っつぅのがよぉ』  そこまで聞いてから、レオナルドはアミルカレの反応がなぜあんなに落ち着いていたのかを理解した。  血の掟(オメルタ)のもと、今まで裏切り者は例外無く残らず殺されていたが、今回は役員でさらに十人近くもいる。全員を同様に対処すると組織に不利益をもたらすため、血の掟は絶対としてもあまりいい判断とは言えない。  しかしその『先導者』を見せしめに、先に処理することで、なんとかこの反乱とも言える裏切り行為から身を引かせる。そうして全員を一気に処理するという事態を回避するのだ。 『……しかし肝心の先導者というのは検討がつくのかい?』  そこでやっと口を開いたのはレオナルドの右前に座っていたメリダだ。 『ん?ん〜……何となくは?』 『何となく……レオナルド、分かっているとは思うけれど、ここで間違えるのは最悪だよ』 『分かっちゃいるよ。ただ確実にそうだって言える証拠だけがないの』  レオナルドの直感はよく当たるし、今回に限っては心当たりもあった。だから誰が謀略の巨悪の根源かはほぼ分かっていたのだが、違っていた場合はレオナルドたちが探りを入れていることがバレてしまい、事態は余計に複雑になるだろう。それだけは避けたい。  色々と別の方法がないか話し合うが、やはり根元を断つ事が最善という結果になった。 『一先ず今日はここまでにしよう。証拠がなければこれ以上議論の余地は無い』  そのメリダの一言で会議はお開きとなった。全員が立ち上がり、退出するその前に思い出したようにメリダが口を開く。 『……それから、来週の定例会議は一時間遅い時間にしようと思う。レオナルドが寝坊しないように』 『は?え?俺?』 『はあ!?』  名指しされたレオナルド以上に大きな声を出したのはロレンツォだった。 『俺のスケジュールを知ってて言ってるのか!?』 『そうは言うが、待っている時間の方が無駄だろう?』  確かにそうだが、ロレンツォのスケジュールは二ヶ月先まで隙間なく詰まっている。それを少しづつずらすのはとんだ手間なのは誰が考えてもわかる事だ。  他の面々が去っていく中、ロレンツォは精悍な顔を歪ませて、地の底から這い上がってくるような低い声で『レオナルド……』と言った。 『……』  レオナルドはそんなロレンツォから手と足と、イタリア語の罵声と、銃弾が飛んでくる前に、持ち前の身軽さで自分の執務室に逃げ込んだ。
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