『Troppo dolce non è una cosa negativa.』(メリダ×レオナルド)

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 思い出すと本当に背筋が寒くなる。これでは役員の老人が陥れるより、ロレンツォがレオナルドの息の根を止める方が早いだろう。 『はあ……』  頬杖をついて、本日何度目かも分からない重いため息を吐き出す。そんなレオナルドの前に、一つの白い上質紙の封筒が差し出された。 『レオナルド、これに蝋封をしてくれないかい』 『ん?……中身は?』  カポに蝋封を頼むということは、組織のシンボルが刻まれたシーリングスタンプを使うということ。つまりはその印があるものはカポの声であり意思である。使っても州外にいる大物への招待状や、重要な命令書以外には使わないうえに、証拠が残るため政治家や公務員への手紙には絶対に使わない。だから当然そんなに軽々しく引き受けられるはずがなく、レオナルドはメリダを訝るように見上げた。 『役員会の皆様へのお手紙だよ』  答えたメリダはいつもと変わらず淡々としている。 『お手紙ぃ?何でわざわざ?役員会の誰だよ』  役員への手紙に使うこともあるが、それはかなり稀だ。レオナルドが渋るのは真っ当な反応だった。だがメリダは組織の法務関連を全て管理していて、それの関連かもしれないため、レオナルドはあくまで食い下がる。しかし目の前の男は何も答えなかった。流石に怪しすぎる。 『アッソ。言えないなら確認してやる!』  勢いでそう言ったものの、人の手紙を見るというのは気が引けてしまう。レオナルドにもその程度の道徳心があった。 『……していい?』 『構わないよ』  きちんと許可を取ろうとするレオナルドにメリダは少し笑いながら答えた。 『これ……さっきの名簿?』  レオナルドが取り出したのは、さきほどの幹部会議で名前をあげた裏切り者たちの名前が書かれた紙だった。しかしレオナルドが用意していた名簿ではない。ならばメリダが用意したものかと思ったが、筆跡はメリダのものではない。ただ見覚えがあるがどこで見たかは思い出せなかった。首を傾げたレオナルドの頭上に聞き慣れたメリダの穏やかな声が降ってくる。 『膿は早めに出しておくに越したことはない。そうだろう?』  レオナルドは静かに紙を封筒に戻す。メリダの言う意味が裏切った役員たちの始末だとするなら、この小さな手紙の使い道は暗殺の依頼や後処理のための単なる名簿だろう。それにわざわざファミリーの家紋を仰々しく添えるなんて聞いたことがない。それにどう対処するかは来週決めると、つい数十分前の会議で言ったばかりではないか。  さらに理解出来ないのは、これを『役員会の皆様』へ宛てた手紙だと言ったことだ。『裏切り者の始末』を『役員会の皆様』へ『蝋封付きの手紙』でする。誰がどう考えてもそのチグハグさは明確だった。 『……どうしてもこれが必要なの?』  メリダの考えていることが分からず、レオナルドは訝るようにグリーンアイをじっと見る。メリダも真剣だが無表情で琥珀のような瞳を見つめ返す。  しばらくそうしていたが、先に折れたのはレオナルドだった。 『分かった、まあいいよ。後でちゃんと俺にも教えてね』  言いながらレオナルドは引き出しから銀色の細かい装飾が美しい箱をひとつ取りだして、その中から血のように紅く細長い封蝋やマッチを手に準備を始める。それを見てメリダは柔らかく笑い『ありがとう』と言った。  ぽたぽたと垂れる蝋燭を眺めながら、レオナルドはこの判断が間違っていなかったかとひっそりと考えていた。もちろんメリダのことは信頼しているし、きっとレオナルドや組織にとって悪いようにはならないとも思っている。ただ本当に何を考えているのか検討もつかず、少しだけ胸騒ぎがしていた。  親指の一回り大きな指輪を抜き取り、少しずつ固まり始めていた蝋燭の中心にそっと押し当てる。一分も経たないうちに指輪を取ると、そこにはツヤツヤと輝くファルネーゼ家の家紋のシーリングスタンプが完成していた。 『ほら、出来たよ。でも……やっぱり、あんまり紙に残すの、やめた方が良いと思う』  最後まで食い下がるレオナルドだったが、メリダは眉を小さく下げてからついにその手紙を受け取った。これでもう後戻りはできないぞ、とレオナルドは気づかれないほど小さく唾を飲み込んだ。 『助かったよレオナルド』  もう一度ありがとうと言ったメリダが大事そうに懐に手紙をしまい込む。それを聞いて、封蝋を片付けていたレオナルドの手がピタリと止まった。 『助かった?』  何に?と続ける前に遮られる。 『ああ、そうだった。今日の役員会は出席しないでおくれ』 『はあ!?何でだよ!』  予想もしていなかったことにレオナルドは思わず立ち上がる。拍子で後ろへ突き飛ばされた椅子が思い切り壁にぶつかり鈍い音を出すが、メリダは特に気にせずに続けた。 『代わりにカルリトを連れていくよ』 『カルリト?な、な、なんで?』  どういうことか分からず、ポカンとしていたレオナルドだったが、そんな突拍子もないことを言い出す理由に一つだけ心当たりがあった。 『もしかして、会議に寝坊したの怒ってんの?でも顔見せはカポの仕事だし、役員の爺さん方も黙ってねえだろ?』  レオナルドが言ったことは全て正しい。だがそんなことは関係ないというようにメリダはただ首を振った。 『そんなことで私が怒るとでも思ってるのかい?それより、山積みになっているテーブルの上の書類に、早くサインをしておくように。アミルカレが喚き出すからね』 『それはいつものことだろ!』  レオナルドの返事は果たして届いたのか、メリダは既に背を向けて立ち去っていった。残されたレオナルドはまたもや深い深いため息を吐き、随分と後ろまで下がった椅子を近くに寄せて座り込んだ。悩みはすでに沢山あるのにさらに頭が重くなって、レオナルドはついに机に突っ伏す。  一体何から処理していけばいいのか、どうすればこのサイン待ち書類から解放されるのか、いっそ街へ散歩にでも行ってしまおうか……。そんなことをグルグルと考え始める。しかし忙しなく回る頭の中で、あの一言だけはずっと消えずに引っかかっていた。 『……"助かった"?』  ただ、なぜその一言が気になるのか考えても答えは出ず、ついに役員会議の定刻となっていた。
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