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「ふぅ……」
メリダはジャケットを脱ぎ手近なソファの背に掛けると、自分もそこにどっかりと座り込んだ。人払いをした小さな応接室は薄暗くて暖かく、うっかりするとそのままうたた寝してしまいそうだった。
役員会議で裏切り者たちを脅し、そしてジハドを糾弾した後、メリダは久しぶりに通常の会議の流れを淡々とこなし、それこそ「まともな」役員会議としてその場を終わらせた。いつもより静かではあったが、意見をまとめながら進行していく司会という役割はやはり疲れる。しかしカルリトが活動報告や議論を代わりにしてくれたおかげで、多少は疲れも軽減されていた。
「……」
今日のことを振り返りながらぼんやりと陽の入ってこない小窓を眺める。間抜けなほど雲のない青空は眩しく、見ていると随分と穏やかな気持ちになってくるほどだ。そんな休息はドアの開く音で唐突に打ち切られる。
「お疲れちゃん」
振り返らずとも声だけで誰か分かる。脳裏に輝く金髪の青年を浮かべながら、視線をそのままに口を開いた。
「何か用かい」
随分と抑揚がなく冷たい言い方だったが、それはただ疲れているからで、逆に言えばそれ以外の理由は何も無い。しかしそんなことを役員会に出るなと言われたレオナルドが知るはずもなく、メリダの向かいのソファに座った彼は眉間に皺を寄せていた。
「メリダ、まだ怒ってんの?」
「……何の話だい?」
きょとんとしたメリダはひっそりと首を傾げた。レオナルドを怒った記憶は無い。本当に身に覚えがなく肩をすくめるが、レオナルドは諦めなかった。
「大人気ないぞ……正直に言えよ。俺を今日、役員会に出席させなかったのは何で?」
役員会という言葉でメリダはやっと合点がいき、なぜ彼が怒っているという勘違いをしているのかようやく理解した。
確かに幹部会議では裏切り者たちの対処を先送りにすると言った。その言葉を反故にするほど早急にした理由はメリダの我慢の限界がきていたからだ。レオナルドが怒っていると捉えるのも無理はない。
もちろんメリダは忘れているが、レオナルドは役員会で何が起こったのか知らない。それに気づかないままメリダは真剣な面持ちで口を開いた。
「レオナルド、私はお前が思うよりもずっと心は狭い。お前が大したことないと感じることも、私にとっては腸が煮えくり返るほどのことなんだよ」
「へ……?」
レオナルドがポカンとする。
「そ、そんなに怒ってたの?」
「毎回ね」
当たり前だろうとメリダは呆れて言った。自分の大切な人を嘲られて放っておけという方が無理な話だ。
「ごめん、なさい」
「お前が謝ることじゃない。全てはあの老人共の腐った性根の問題だよ」
慰めるように、だが確実に老人共に恨みを込めて吐き捨てたメリダを、再びレオナルドがきょとんとした顔で見た。
「え?」
「ん?」
「……あれ?メリダ、俺が遅刻したことに怒ってるんじゃないの?」
「遅刻?お前が遅刻するのはいつものことだろう。今更そんなことで怒りはしないよ。他の幹部たちはそうではないみたいだけどね」
「じゃあ、なんで今日は顔見せしなくていいとかって言ったの?いや、待てよ……」
その時、レオナルドの実に優秀な頭が一つの答えを導き出そうとフル回転し始めた。メリダは怒っていることを否定しなかったが、それは「遅刻」に対してではなく「役員会の老人共」にだ。次回の幹部会議の時間をずらしたのは間違いなくレオナルドの遅刻に対策を打つためだが、役員会に出席させなかったのはそれとは違う。
その理由はきっとあの手紙だ。何に使うか曖昧な返事しかしなかったし、あの時はっきりと『役員会の皆様へ』宛てたものだと言っていた。しかも中身は裏切り者たちの名簿で、極めつけはあの最後の言葉だ。
「『助かった』……」
間違いない。メリダは役員会で裏切り者たちの糾弾をしたのだ!
「……役員会で何をした?あの蝋封の手紙、何に使ったんだ?」
本人から直接聞くまで断定はできないとレオナルドが恐る恐るという口調で尋ねる。そこでやっとメリダはレオナルドが今日の役員会でのことを知らないのだと思い出した。
「私は心が狭いからね。家族、特に大事なお前を侮辱する奴らには、仕置が必要だろう?」
「……」
穏やかに、そして薄らと笑みを浮かべながら言う。その表情に寒気を感じたレオナルドはそれ以上何も聞こうとしなかった。
「来月までに空いた席をどうするかな……。あとで顧問にはそれも相談しないと」
「顧問、だって……?」
つまりはサンドロ。レオナルドがさっきまで食事を共にした人物だ。本部に来るのは気分次第でいつ会えるかなんて分からないのに、まるで今日来ていることを知っているかのような口ぶりだ。
そういえばあの手紙の筆跡は見覚えがあった。その正体が急に分かり、電光石火が走るが如く全ての出来事を繋ぎ合わせていく。
だがレオナルドがメリダに答え合わせを挑む前に部屋の扉がまた開いた。
「あ?揃ってんな」
現れたのは予想通りサンドロで、レオナルドはこれ以上何かを話すのをやめる。
何も聞かなくたってこの状況が答えそのものだからだ。
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