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物見櫓から茂みをじっと見つめ続ける人物が3人。
2人は茶髪と黒髪の男性で黒髪の方は手にしっかりと弓矢が握られておりもう1人の茶髪の方は単眼鏡を使って茂みを見ている。
「今のところ動きはありませんピノットさん。」
単眼鏡を使っている男性は自分の前でいつでも放てるように構えている女子に話す。
肩に掛かるぐらいの紅葉のような赤色の髪を後ろに束ねた髪に湿地帯に生える木のような肌色の彼女、ピノット・ノイヤーは情報を得て指示を出す。
「日暮れまでは監視するわ。あなたは皆に知らせて防備を固める用意を。」
「わかりました!」
指示を受けた黒髪の男性は梯子を伝わって下に降りると平屋建てに入っていった。
「しかしこの時期に魔物が、しかもリザードマンがやってくるなんて珍しいですね?」
「どうせ空腹のあまりここの食糧目当てにきた馬鹿よ。矢を見た時の反応がまるで素人だったわ。」
「そりゃあピノットさんの弓は百発百中ですからね。ここからあそこに牽制の矢を放てるのはピノットさんだけですよ。」
ハハハと笑いながら茶髪の男性が改めて単眼鏡を覗き込んだ直後、彼から驚きの声が挙がった。
いきなり後ろから変な声を挙げられてピノットも肩を揺らしてから振り返って尋ねる。
「どうしたのよユーティ?」
「大変ですピノットさん!リザードマンが子どもを抱えています!」
単眼鏡を覗いていた男ユーティの言葉にピノットはまた驚くと貸して!と言って彼から単眼鏡を受け取って覗き茂みの方を確認する。
単眼鏡から見えたのは子どもをいわゆるお姫様抱っこで横抱きに抱えたまま立っている先ほど出てきた赤黒いのとは違う焦げ茶と白桃色の鱗を纏うリザードマンだった。
「えっ!?嘘っ!?グラン君じゃないの!」
拡大して見えた顔に誰かを判別すればユーティもまた驚く。
今朝方に薬草を採りに向かったチームからグランが行方不明になったと知らされ自警団で捜索チームを作って向かわせたばかりだったからだ。
「ど、どうしますピノットさん!?メリヤさんに知らせますか!?」
「くっ…!」
よもやグランがリザードマンの人質になっていることにピノットは苦悩の表情を浮かべる。
このままではどんな要求をグランの命代わりに言われるかとピノットが予想していた時だった。
「…頼もぉぉぉー!」
不意にこちらに向かって聞こえてきた声に前を向けばグランを抱えているリザードマンが大声で言ってきた。
「某はザウバーと申すー!ロスヴァスの辺境より旅をしているリザードマンである!森で怪我をした迷子を見つけたが故に送り届けに参ったぁー!グラン君の親御さん、または知り合いがおれば参られよぉー!」
聞こえてきた言葉にピノットとユーティは顔を見合わせる。
わざわざグランを森からここまでただ運んできたというリザードマンの言葉にピノットはもう一度単眼鏡で見れば今度はグランが抱えられたまま笑顔で物見櫓にいる自分達に向けて笑顔で手を振って無事であることを伝えてきた。
ピノットが見る限りでは脅され無理矢理やらされているのではないと判断した。
「…あなたはメリヤさんに連絡を、あのリザードマンには私が会いに行く。」
「わわわかりました!」
ユーティに指示をしてからもう1人には見張りを続けるよう単眼鏡を渡したピノットは後に続いて物見櫓から梯子を伝って降りる。
さらに現場に行く前に他の自警団から2人を呼んで連れながら牧場を出て動かないまま待機しているリザードマンのところに向かった。
*
(……うーむ、音沙汰無しか。)
物見櫓に向けて言い放ってから返事も何もないことにグラン君を抱えたまま拙者は考える。
送り届けに参ったと大声で伝えてみたがこちらの言葉を少しでも信じてくれるだろうか。
万が一グラン君を取り戻そうと武器を手に攻められたらどうやって切り抜けようか。
一応自分に何があっても手を出さないようリープ達には言ってあるが。
今は相手の出方を待つばかりだが、心配からつい尻尾の先端が落ち着きなく左右に動いてしまう。
「あ、ピノットさんが来ましたよ。」
するとずっと前を見ていたグラン君から言われ物見櫓から正面へと顔を向ければ3人がこちらへと向かって歩いてきていた。
左右に武装した男を連れて先頭を歩く女性を見てつい思ってしまう。
(小さいのぉ。あれはもしや、グラン君のお姉さんかな?)
明らかに左右の男性より若く背も小さな女性なのでそんなことを思ってしまうがグラン君か言ったのだから彼女がピノットなのだろう。
故に向かってくるピノット達に身体の正面を向けて待ち続ける。
そして、彼女らとの間が成人男性の肩幅2人分くらいまでになってからピノット達が脚を止めた。
「自警団団長のピノットよ。グラン君を受け取りにきた。」
先ほど聞こえてきた声と同じ相手だったことにザウバーが軽く頷いてグランに言う
「ほお、わざわざ自警団長を務めるお姉さん自ら弟さんを迎えに来てくれるとは良かったのグラン君。」
「お姉さん?あの、ピノットさんは僕のお姉さんではありません。」
「え?しかし2人の年齢と身長は近いように見えるが…あ、もしや義姉弟というやつか?」
「全然違うわよこの低脳蜥蜴!」
とぼけているように見えてしまったのかこちらに向けて怒るピノット。
彼女の反応と文句にどうやら本当に違うのだと理解した時、文句に対して反応してしまった者が茂みから出てくる。
「おいてめぇ!誰が低脳だ!外のリザードマンと一緒にすんじゃねぇ!」
「ちょっとドゥルト!」
「いけませんよ出てきては!」
バサッと茂みから上体を出してきたドゥルトにリープとハクタクも抑えようと姿を見せてしまった。
いきなり茂みから出てくる三体のリザードマンにピノットは驚き後ろの2人は慌てて腰に差していた剣の柄に手をかける。
「双方待たれよ!」
これはいけないと思い牧場に響き渡るほどの一声で一触即発の場を静かにさせる。
「お騒がせして申し訳ない。彼らは拙者の旅の仲間であるし手を出さないよう言ってある。」
その後でピノットに向け言ってから拙者は振り返って茂みにいる3体を呼び寄せ拙者の後方に横並びさせる。
「本当にあんた達だけかい?他にも隠れてないだろうね?」
「心配なさらずとも我らだけです。それより、いつまで拙者は彼を抱えていればよいのかな?」
疑うピノットへ話を戻す為に言えば向こうは思い出したような表情になってから彼女の後ろにいる1人が駆け寄ってグラン君を受け取る。
受け取った男はすぐに背中を向けてそそくさと戻りもう1人の男と一緒にグランの状態を確認してからピノットに捻挫しているだけだと耳打ちしてみせた。
「一応感謝するわリザードマン。この子は大事な跡取りだから何かあったらそれこそ主人に顔向け出来ないところだったからね。」
「なるほど、それは良かっ…。」
「グラン~!」
ピノットから言われたことにそれは良かったと返そうとした途中だった。
建物側から聞こえてきた女性の声に拙者達が視線を向ければ奥からグラン君と同じ栗色の髪の女性が男を1人連れて走ってきていた。
声に反応してグラン君も見れば彼は表情を明るくさせて呼び返す。
「お母さーん!」
グラン君の言葉に母親が迎えに来てくれたのかと安心して見守るつもりだったがピノット達はやってきた女性に驚いて言う。
「メリヤさん!危ないですよ!今ここにリザードマンが4体もいるのに!」
「そんなことよりグランは?あの子は大丈夫なの?」
ピノット達の制止も聞かずにメリヤと呼ばれる女性は抱えられているグランを見てすごく安心した表情を浮かべた。
「あー良かったわぁ!森で見失ったと聞いた時には心臓が止まりそうになったわ!本当に、本当に無事で良かった…!」
ころころと表情を変えて自分の心情を言うとメリヤはピノットを見て近寄ると手を取ってお礼を言う。
「ありがとうございますピノットさん。息子を見つけてくれて。」
「いやそのぉメリヤさん。グラン君をここまで運んでくれたのは、彼らです…。」
ピノットに言われメリヤはえ?と首を傾げてから彼女が手を向けた方にいるこちらを見る。
メリヤという女性が下から上までしっかりと見ててくれたのを確認してからとりあえず笑顔で言っみることにした。
「今度こそ親御さんに来ていただいたのならば良かった良かった。はじめましてメリヤさん、拙者はザウバー。旅を始めたばかりのリザードマンです。」
「あ、は、はい…。」
挨拶してみたが急にぎこちない言動になったメリヤ。
せっかくの人間との交流の足がかりにと友好的な会話をと思ったがちょっと残念な反応だ。
子どもを助けたとしてもやはりリザードマンに対して抵抗感というものが深く根付いているのだろうか。
「グラン君、お母さんに迎えてもらって良かったな。」
「うん!ありがとうザウバーさん!」
それでも無邪気な笑顔で返してくれたグラン君には笑顔で頷き返すと拙者は一息ついてからピノット達に顔を向けて言った。
「ではこれにて失礼いたす。我らは北に向かって進み、旅を続けねばならぬのでな。」
「え…?」
ここはもう充分だろうと判断した拙者は立ち去る意思をピノット達に伝える。
立ち去ろうとしているこちらにグラン君はは声を漏らすと母メリヤとピノットを交互に見る。
しかしどちらも黙ったままもう見送るつもりでしかない雰囲気にグランは口を動かす。
「お母さん、お礼しなくていいの?僕助けてもらったんだよ?」
「グラン…。」
「お母さん言ってたじゃん。誰かに親切にしてもらったらちゃんとお礼をしてあげなさいって。」
子どもの訴えにメリヤ達がなんと返そうかと戸惑ってしまういるとピノットがグラン君に言った。
「いいグラン君?確かに助けてもらったけれど、相手は魔物に指定されてるリザードマンなの。だから皆もどう対応していいか困ってるだけで…。」
「でもピノットさんも言ってたよね?人にはいい人と悪い人ががいるって。それってつまりザウバーさんみたいないいリザードマンもいるってことでしょう?」
言いくるめるつもりが逆にグラン君から反論されてしまうとピノットは次の言葉が出ず言い負けてしまう。
「よいのだグラン君。」
そこへ拙者は口を挟んでみせた。
唐突に会話へ入ってきた自分にその場にいる皆から視線を受ける中でグラン君に視線を向けて言う。
「外の同族がどんな悪さをしてきたかまでは知らぬが、過去の行いと与える恐怖は決して消えぬものなのだ。何百年と続けば尚更な。」
「ザウバー、さん…。」
「だが、今とこれからは変えられる。拙者達はリザードマンの今とこれからを変える為に旅を始めたのだ。」
グラン君に向けて伝えた言葉と真剣な眼差しに少年を除くメリヤ達は本気なのかと言う表情を浮かべる。
今までそんなことをしようなどと言うリザードマンなど噂にも世迷い言にもなったことはないといった反応でピノットが口を開く。
「あなた、それ本気で言ってるの?どこからきたか知らないけれど、私が知ってるリザードマンはどれも山賊や盗賊の類しかいないわよ?」
「それは彼らにそれしか生きる道がなかったからだ。もっと生きる道があれば、そんなことする者は一気に減る。拙者達はその架け橋を作るのだ。」
最後にでは失礼いたすと言ってからリープ達を引き連れ一旦再び森に向け歩き出す。
すると去ろうとする拙者達の背中を見ながらメリヤはグラン君に言われたことが心に響いていたらしい。
息子に言い聞かせておきながら自分が実行しないで何が親なのだと。
その気持ちが心でいっぱいになるとメリヤは意を決した表情で一歩前に出た。
「あの!」
「メリヤさ~ん!」
メリヤが口を開いた直後に遠くから男性の声が木霊した。
声がした方を見れば灰色のスポーツ刈りに少し下腹が出ている男性がこちらへと向かって走ってくる。
「ズンドさんどうしたの?」
「た、大変だぁ!畑にまたゴブリンの群れがやってきたんだぁ!」
「なんですって!?また来たの!?」
やってきた男ズンドの知らせにピノット達は驚くもすぐに彼女から指示が飛び出す。
「ズンドさん、あなたは戦えない人にすぐに母屋に非難するよう人を使って伝え回って!メリヤさんもすぐに非難を!私達はすぐに迎撃に向かうわよ!」
短くかつ的確に指示を出すとピノット。
彼女が仲間と共に走り出す前に一度聞こえたことに振り返っていた拙者達に視線を向ける。
そしてほんの微かに迷う素振りしてみせてからグラン君をメリヤに預けさせ、ピノットは自警団を連れて畑がある方へと向かった。
向かう方向から走り去っていったピノット達を横目に見送る形となった拙者は別の視線を受けてグラン君とメリヤに顔をチラッと見てからまた正面を向く。
「いいのかよザウバー?」
すると行こうと言っておきながら動かない拙者にドゥルトが声をかけてくれた。
どうせなら頼ってくれても良かったのにとドゥルトは拙者と同じことを思ったのだろう。
だがいきなり現れたリザードマンが加勢したところでどのような印象を受けるだろうか。
間違って敵と見なされないかなどと不安を考えると迷ってしまい拙者は瞼を閉じて去るか去らないか悩んでしまった。
「…ザウバー、助けにいきましょう。」
そこへ聞こえてきた声にザウバーが瞼を開けるといつの間にか目の前にリープがいた。
「リープ…。」
「ザウバー、あなたが人間と交流したいことを目的としているけれど、私達の安全を第一に考えているのも知ってるわ。」
自分の考えを見透かしたリープの言葉に拙者が口を少し開いて見てくる中で彼女は続けた。
「でもねザウバー。ここで私達の安全を優先してせっかくの縁を失ってはいけないわ。それに皆は覚悟してあなたについてきたのよ?」
「おう!そうだぜザウバー!」
「旅には危険がつきもの。生半可な覚悟など持ってはおりませんよ。」
リープに続いてドゥルトとハクタクからも意気込みを言われる。
そんな彼女らを見て拙者は自分の考えがいらぬ心配だったと気づかされる。
そして、それならばと拙者は意を決してグランとメリヤの親子に歩み寄る。
戦いとなればひと暴れしなくてはならないので牧場主である彼女に1つ聞かねばならないからだ。
「メリヤ殿、拙者はこれを1つの縁としたい。畑が荒れるやもしれぬが、我々も加勢してよいだろうか?」
拙者の問いかけに先ほどのやり取りと我々のやり遂げたいという意志が込められた表情を見たメリヤは1度グラン君の方を見る。
母親に見つめられたグラン君は信じてみようという意味で大きく頷いてみせる。
それを見て拙者の言葉を信じる息子を信じてみようと思ってくれたのかメリヤは再びこちらに真剣な表情の顔を向けてから小さく頷いてみせた。
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