1章 蜥蜴の人生。

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*  救済への最初の目的を見出してから早くも3年の月日が経った。  その間に拙者はすっかりリザードマンの身体に慣れ戦士として急成長した。  今では村のリザードマン達から次期戦士長とまで声が挙がるほどだ。  しかしそれによって生じた個人的な問題がある。  ずばり、“嫁候補”の登場である。  リザードマンの世界では古くから強き子孫繁栄を求めなんと一夫多妻制が基本でありさらに雌は強い雄に本能的に惹かれてしまうらしい。  だから拙者の働きに自分が自分がと村の若い雌が数人嫁候補に手を挙げてきたのだ。  その勢いは時にまさかの夜這いまで仕掛けられそうになったほどで回避しながら仕事をするのに苦労させられた。  ちなみに戦士長のニッカは2人の妻に3人の子どもがいるという前世の日本ではまず考えられない家族構成となっている。  故にたくさんの雌から求愛されることは強い雄にとっては常識でありむしろ誇らしいことになっている。  しかし次々とアプローチしてくる雌達に拙者は修行中に困ってしまうことがよくあった。  何故ならこの3年間で計画していたことがあり、実行に移すにはどうしても家庭を持つわけにはいかなかったのだ。 「ーー…準備はいいかザウバー?」 「うむ、いつでも構いませぬ。」  そして今拙者は村の広場に立っている。  手にお手製の木剣を持つ戦士長ニッカと対峙する拙者。  2体の周りでリープや村長シーガルだけでなく村人達も観戦する中、いよいよ始まる。  祭祀長リープを拙者がの戦いが。  先の話から矛盾を感じるだろうがどうしてこうなったかは計画の為に動いて一年半が経った頃。  リープから話があると声をかけられ人気のない場所へ移動した時だった。 「…ねぇ、ザウバー。あなたもしかして、村の為に何かしようとしてない?」 「!…なぜそう思う?」 「あなたが急に強くなってから少し経って穫った獣の皮で袋を作ったり、木の実について狩猟長からたくさん話を聞いていたのを知って、一体何を考えているの?」  左手を胸にあたるところに当てて問うリープ。  雌の、いややはり女の勘というものは時に鋭く当たってしまうものだなと拙者は瞼を閉じて思う。  故に信頼している彼女には理解してくれるかどうか賭けの意味で話すことにした。 「リープよ。実は拙者この村を……。」  体感数分間に渡る拙者の目的をリープに話してあげれば彼女は驚いた表情でこちらを見ていた。 「ほ、本当にそれをやるの?」 「うむ、この村の…ひいてはリザードマンの未来の為にも拙者はやってみようと思っている。」 「外は危険だとあれほど言われたのに?」 「だからこそ、少なくとも自分達は違うんだと証明したいのだ。」  真剣な面持ちで伝える拙者の気持ちにリープは口を小さく開け雌の本能から頬を微かに赤らめる。  胸に当てていた手をキュッと握り締めるとリープは少し間をあけてから決意を持った顔つきで言った。 「だったらザウバー、私もその旅に同行させて。」 「リープ殿…。」  彼女からの申し出は正直嬉しい。  計画の準備が完了したら村長達に話して誰か同行者を得ようと考えていたからだ。  リープは祭祀長になるほどの森術使い《ドルイド》でありその癒やしの秘術を体験した身としては彼女が旅に同行してくれるという提案をすぐに了承したかった。 「…リープ殿、そなたは祭祀長でござろう。祭祀長になった者は村から出ることは出来ない。それがロスヴァスの掟である。」  だがしかしこの世界において癒やしの秘術を使えるリザードマンはとても少なくどこの村であろうとも貴重なことは聞き及んでいる。  それはロスヴァスも例外ではなく、村で癒しの秘術を使えるのはリープを含めて3人しかいない。  だから1人欠けるだけでも村では痛手となってしまうのだ。  増してや祭祀長となればその中でも癒やしに秀でた者なのだから許しをもらうのは他の者より難しいのは確かだった。 「祭祀長は生涯村にいなければならないのも掟の1つ。お気持ちはありがたいが…。」 「祭祀長を辞める方法が1つあるわザウバー。」 「む?それは一体?」  首を傾げるザウバーにリープは視線を外しながら言った。 「わ、私を、あなたの妻にしてくれれば…。」  リープの言葉に拙者は固まる。  確かに村の掟の中にこういうのもある。  婚儀を迎えた雌は雄に生涯尽くすこと。  まさかそれに祭祀長を辞める力もあるとは知らなかったからだ。 「ほ、本気かリープ殿?いくら同行したいとは言え結婚など…。」 「ええ本気よ。それにあなたとなら…。」 「…“亡き恋人”と同じ名前ならばよいと申すのか?」  遮る形で言った言葉に今度はリープが固まる。  生活してからまだ半年しか経ってない頃、焚き火の枝を集めていた拙者は偶然森の中にいたニッカとリープの会話を聞いてしまった。  リープがこちらの様子について聞きニッカが急成長していると答えてからニッカがポロッと言った。 『しかしザウバーか。リープ、お前まだ奴を…。』 『ごめんなさい。だって、同じ鱗色(うろこいろ)なのよ。見たらどうしても思い出しちゃう。』 『あいつは俺達を守って死んだ。忘れろとは言わないが、いつまでもいない恋人に縛られることはそろそろやめた方がいい。あいつだって、天からお前の幸せを願っているはずだ。』  言われて悲しげな表情を見せるリープと言ってから空を見上げてため息をつくニッカ。  彼女らの会話を聞いた拙者はこの名前にそういった事情があったのかと木陰で腕を組み静かに思っていた。  拙者がザウバーの名前の意味を知っていたことにリープは申し訳ない表情でごめんなさいと謝罪してから隠していたことを話してくれた。  リープとニッカは他の部族からロスヴァスに流れてきた者だった。  リープとニッカが生まれた村では祭祀長となる者は村長の嫁になることが決まっていた。  リープは森術使いとしての才能を開花させ次期祭祀長とまで言われた。  だがリープにはすでに愛を深め合ったリザードマンがいた。  それがザウバーという名のリザードマンだった。  いずれ同時の祭祀長から引き継ぐことになるリープは必然的に年上の村長の嫁になってしまいザウバーとは別れなければならない。  リープとザウバーはその運命から逃れる為にニッカの協力で村から逃げようとした。  しかし途中で村長からの追っ手に見つかってしまい背中に矢を受けたザウバーはリープをニッカに預け自ら殿(しんがり)を買って出たのだ。  ザウバーの決死の抵抗のおかげでリープとニッカは無事に逃げ出し、ロスヴァスの村へとたどり着いたのだった。 「忘れないわ。何度も呼びかける私に、彼は一度だけ微笑みかけてから戦士達に向かって走っていった。彼の姿は、今でも瞼の裏に残っている…。」  話す中で思い出してしまったのか、リープの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。  話してくれたリープの心情を察しながらも拙者は言った。 「リープ殿、同行を理由に結婚しようと考えているのならばそれは浅はかである。考え直されよ。」 「…確かにあなたの言っていることは正しいかもしれない。だけど一緒に行きたい理由はもう1つあるわ。」 「もう1つ?」 「それは、彼があなたと同じ夢を持っていたことよ。」  リープの言葉にザウバーは尻尾を立てて驚く。  亡くなったリープの恋人も自分と同じくリザードマンの未来を考えていたのかと。  ここまでくると拙者はそのザウバー本人の身体に魂だけが違う存在なのではないかという憶測も立ってしまいそうになる。 「あの人は今のリザードマンの現状を嘆いていた。その未来を変える為に出来ることはないかと…。」  そして今、ほぼ同じ話を聞いて恋人の夢を継いでみたいとすぐに思ったのだとリープは拙者の目を見て言った。 「お願いザウバー、仮初めでもいいから私と結婚して旅に同行させて。」  リープのお願いに拙者は瞼を閉じて腕を組み、黙考する。  黙ってしまったこちらにリープはどのような返事がくるかと尻尾を忙しなく揺らしながら待ち続けていたらしい。  シンとした静寂が過ぎてからリープの強い意志に拙者も心を決めて瞼を開き彼女を見据えて言った。 「かなり危険な旅となりますぞ?これまでとは違った生活をしなければならないかもしれない。それでも、拙者の仲間になってくれると?」  こちらの返事にリープは少し唖然としてから嬉しそうな表情に変わると大きく頷いた。  そんな彼女を見て拙者も微笑みつつ右手を前に出して言った。 「改めて、よろしくお願いいたす。」 「こちらこそ。」  握手を交わしてわしはリープを旅の同行者に加えることにした。  さっそく拙者は計画を動かす為、村長にリープとの結婚の意思を伝えた。  だがそこで思わぬ壁が現れた。  話を聞いた戦士長ニッカが拙者にリープを賭けて決闘しろと言ってきたのだ。 「リープほどの祭祀長を、村にきてまだそんなに経っていない若輩者に渡せるものか!彼女が認めても俺が認めぬ!」  結婚に強く反対するニッカにリープは困惑するも理由はなんとなく察していた。  何故ならリープとニッカは“兄妹”だったからだ。  家族の1人を誰かの嫁に取られる気持ちなど拙者も転生する前からよく理解している。  だからニッカの想いに真っ向から受け止める意味でこの決闘を受け入れたのてある。 「勝敗は気絶するか降伏するかでよいのですな?」 「ああ、だが手加減はせん。全力で来い!」  ブンと手にある木剣で風切り音を立ててから切っ先を拙者に向けて言うニッカ。  対するこちらは森で一番堅い木から石と自らの爪を使って作った粗削りの木刀を両手で持ち中段に構える。  木刀と言っても今の自分に合わせたので大きさは刀というより太刀に近い。 「それでは、決闘を始めよ。」  村長の号令からすぐにニッカが先に前に出る。  急接近し拙者を間合いに入れると軽く跳躍してまずは木剣を打ち下ろす。  その一撃を拙者は真っ向から受け止めるフリをしてから力を抜いて流し右から左へと振るったがニッカは後ろに跳んで避けると袈裟懸けからの連撃を始める。  次々と迫る攻撃にこちらは避けたり木刀で受け流して対処する。  自己流の戦い方とはいえさすが戦士長の座に上り詰めた雄だと感心した。 (だが、申し訳ないがどれも荒っぽい戦いよ。)  ニッカの攻撃を受けながら拙者はそう思う。  彼と拙者には残念ながら圧倒的な差が2つある。  1つは“生きてきた年月”ともう1つは“剣術に費やした時間”である。  人間であった時と今の時間も合わせればその差はより大きくなっているだろう。 (ニッカ殿には悪いが、ここでつまずいてるわけにはいかぬ!)  木刀を握る手に力を込めると拙者は反撃を開始した。 「ふっ!」 「ぬおっ!?」  連撃の隙間を抜けるように飛び出してきた拙者の突きにニッカは首を動かしてぎりぎりのところで避けると少し離れる。  距離を取ったニッカにザウバーは中段に構えたまま前に出る。  素早い縦一線の振り下ろしをニッカは防いで弾くもザウバーはその反動を利用してぐるりと木刀を下から上へ振り上げニッカの顎を掠る。  さらにそれで終わらず連続で左右からの逆袈裟斬りを繰り返す。  木のぶつかり合う音が響きながら怒涛の攻撃を続けニッカを圧していく。 「このっ!」  すると戦士長としての意地かニッカは振り上げ終わったタイミングを見計らって木剣を低めの横薙ぎにザウバーへ振る。  拙者はそれを待っていた。  脚に迫るニッカの横薙ぎを跳躍しながら飛び越えて回避すると同時に1回転した横薙ぎを彼の顔に振る。  彼がその攻撃を身体を低くして避ければさらに着地と同時にまた1回転した勢いを付けた振り上げを見舞う。  大きな音が鳴り響いてニッカは腕ごと木剣を空へと挙げてしまう。  その隙を拙者は見逃さなかった。 「めええぇぇぇんっ!」  スパァンッ!と小気味のよい音を鳴り響かせながら拙者はニッカの頭部に面打ちを食らわせながら横を通りすぎた。  互いに背中を向けて立っていた両者は少ししてニッカだけが前のめりに倒れた。  七天八鬼流・(ちゅう)の型…飛燕三段(ひえんさんだん)。  ニッカを倒す為最後に使った連続攻撃の技である。  リザードマンの身体に慣れる中で拙者が同時に行っていたのが前世の自分が扱っていた剣術を今の身体にしっかり合わせることであった。  七天八鬼流…生まれは戦国時代に遡りいかなる剣術にも対応出来る剣術になることを目標に刀による7つの構えと無手を合わせた8つ、これらを型と呼び扱う歴史的に有名な流派の影に潜んでいた実戦剣術である。  転生する前の彼はその流派の51代目免許皆伝にして伝承者である。 「…ふーっ。」  溜めていた息を一気に吹き出してから拙者はニッカの方を振り返る。  村長がニッカの元に歩み寄って容態を確認してからこちらに向けて杖を持った手を差し出して言った。 「この勝負、ザウバーの勝ちじゃ。」  勝敗を告げた村長の言葉で観戦していた村人達から歓声が上がる。  すると黄色い声も混ざりながら騒がしい村人達の間を抜けてリープはニッカの元に向かって声をかける。  拙者も彼女の隣に移動して幾度か呼びかけるとニッカはハッと目覚めてから痛そうに叩かれた場所に手を当てる。 「大丈夫ですかなニッカ殿?」 「ああ、大丈夫だ。しかし認めなければな。リープを頼んだぞザウバー。」  ため息をついて言うとニッカはこちらに向けて空いてる手を伸ばす。  リープとの結婚を認めてもらえたことに拙者は笑顔ではい義兄上殿と返してその手を取った。
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