1章 蜥蜴の人生。

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*  決闘から3日後、村の皆で部族らしい結婚式を挙げてもらった。  夫婦になった者には新しい家が送られリープは祭祀長の座を次の者に明け渡した。  村人達で作ってくれた立派な家を見て拙者は苦笑いしてしまう。  この家を使うのはおそらく少しだけとなるだろうからだ。 「ところでザウバー、いつ出発するの?」 「いやリープ、出発するにはもう少し人手が欲しい。最低でもあと2体はな。」 「あと2体、アテはあるの?」 「1体はな。力が欲しいから奴に頼もうと思っている。」  そう言ってよく晴れた朝にリープを連れて拙者が向かったのは村の端というべきところにある近くに小川が流れる少し荒っぽい造りの小屋。 「おーいドゥルト、いるかドゥルトよ?」  小屋の前で拙者が呼びかけてみると玄関から重い足音を立てて赤黒色の鱗を持った拙者より1回り大きな体格に丸太のように太い腕のリザードマンが現れる。 「おう!ザウバーじゃねぇか!決闘見てたぜー?すっげぇ熱い戦いだったな!」  豪快に笑いながら近づくと拙者の肩をバシバシと叩く彼はドゥルト。  村一番の力持ちと自負する者であり、拙者とは喧嘩を通して仲良くなった。  彼もロスヴァス出身ではなく違う部族で問題を起こして追い出されここへと流れ着いた雄である。 「それでどうした?お前から訪ねてくるなんて珍しいじゃねぇか?」 「うむ、お主に頼みがあってな。中で話そう。」 「おういいぜ。ベニザリガニでも食うか?今焼いてんだ。」  彼自ら作った小屋の中に入って囲炉裏を囲むようにして拙者らは腰を下ろす。  ドゥルトが言ってた通り囲炉裏で串焼きしていた元から赤い体色のベニザリガニから出ている香ばしい香りが鼻をくすぶる。 「へへへ、お前が教えてくれた焼き魚の技術をベニザリガニにやってみたらよ、これがまだうめぇんだ。」  ほどよい焼き色が着いた一本をドゥルトは手に取ると一口で丸々一匹をバリバリと食べてしまう。 「で?俺に話ってなんだ?力仕事だったら任せておけ。」 「うむ、お主に相談したいことはな…。」  リープに話した時よりも拙者はさらにわかりやすくドゥルトに伝えると彼は大きく驚いてみせた。 「マジかよ。お前そんなこと考えてたのか?リープもリープだぜ?わざわざその為に結婚したなんてよ。」  ドゥルトの言葉にリープが罪悪感から少し俯くのを見ながらも拙者は続けた。 「馬鹿げた考えかもしれぬ。だが、誰かがやらなければこのロスヴァスの未来が危ぶまれる。だから拙者とリープは行くのだ。その旅にドゥルト、お主も来てくれないか?」 「ああ、いいぜ。」  正にあっさりという言葉が似合うくらいの即答であった。  危険の伴う話だというのにあまりにも即答だったので拙者とリープは思わずえ?と首を傾げてしまう。 「いいじゃねぇかその熱い想い!村の為に、俺らリザードマンの為に身を削ろうだなんて、やっぱり俺が認めた(おとこ)だぜ!仲間に誘ってくれてむしろ嬉しいってもんだ!」  そう返してから豪快に笑ってみせるドゥルト。  そんな彼を前にいらぬ心配だったなと拙者は微笑む。 「では同意したということじゃなドゥルト。よろしく頼むぞ。」 「おうよ!力仕事と喧嘩ならこの俺に任せな!」  互いにぐっと握った拳を合わせて拙者はドゥルトを仲間に引き入れた。  それを見ていたリープも一安心した表情を浮かべる。 「これで3体だが、あと1体をどうするか…。」 「なんだ?もう1体欲しいってんならあいつなんかどうだ?」 「あいつ?」 「村一番の変人、ハクタクだよ。」  ドゥルトから出てきた名前に拙者は聞き覚えがあった。  ドゥルトの家が村の端ならばハクタクなるリザードマンが住んでいるのはここからさらに離れた木の上にいるらしく訳わからないことを口にしているという噂を聞く一応ロスヴァスの村人だ。 「聞いたことはあるがなぜハクタクを推薦したのだ?」 「へへへ、驚いてくれよ?どうやらあいつ、“外の世界”を知ってるみたいだぜ?」  ドゥルトの情報に拙者はリープと一緒にまた首を傾げる。  この村は外から流れてきたリザードマンが集まって出来た村なので外の情報をもっている者などがいるのは当たり前である。  しかし次にドゥルトから出てきた言葉に拙者は興味が湧いた。 「俺も奴とは何回か会ってんだけどよ。外の世界にすんげぇ興味があるみたいでよ。外について聞いてみたらどっからか紙を出してきてな。なんかいろんな名前が点の上に書かれていてよ。ハクタクはそれは村と同じ場所の名前だと言ってたんだ。」  ドゥルトの話を聞いて拙者はすぐに察した。  どうやってか知らないがハクタクは村にはない地図を持っているのだと。  正直言って自分達が行う上で必要な道具の1つに地図を考えていたのだが、残念ながらそれはなく狩猟組の知る限りの地理を聞いて作ったロスヴァス周辺の簡素な地図しか拙者の手元にはない。  もし彼がより広範囲の地図を所持しているか地理に長けた者ならば仲間に加えたい。  だから会う理由ができた拙者は軽く頷いてからドゥルトにハクタクのいる家までの案内をお願いした。  了承してくれたドゥルトを先頭に拙者とリープは森を進んでいく。  森の中を歩いていく中でドゥルトは木を一本一本見ながら進んでいった。  リープが何をしているのと聞けばどうやらハクタクは自分の為に自宅までの目印を木々に丁寧に彫っており、ドゥルトはそれを確認しながら進んでいたことを伝えてくれた。  しばらくして木々の間から一際太い大木の上に建つ木製の小屋が視界に入ってきた。 「おお着いたぜ。ここがハクタクの家だ。」  ドゥルトが示す大木の近くまできた拙者は小屋と周囲を見る。  小屋には木の器以外に布らしいものなどが壁に付けた蔓で干されるようにぶら下がっている。  さらに大木から少し離れたところにはゴミ捨て場かと思うほど様々な物が山積みにあった。 「おーいハクタクー!いるかー!」  小屋と地面の間に差があるのでドゥルトは上に顔を向け大声で呼びかけた。  呼びかけから少しして一度大きな物音がしてから砂色の鱗を持つ拙者より細身のリザードマンがベランダにあたるところに現れる。 「どうかなさいましたかドゥルト?またベニザリガニでも採ってきたならしばらくいりませんよ。私は木の実派なので。」 「今日はお前に会いたい奴を連れてきたぜ。俺の友であるザウバーと奥さんのリープだ。」  ドゥルトの紹介にハクタクはこちらを見ておや?と呟いてから近くに垂れ下がる太い蔓に軽々と飛び移って下へと降りてみせた。 「これはこれは戦士長に勝った方と元祭祀長様ではありませんか?私がハクタクです。お見知りおきを。」  左手を出してきたハクタクに拙者は握手をしてから同じように名乗ると彼はすぐに言う。 「それで?その素晴らしいお二方が、この村一番の変人と呼ばれる私に何用ですかな?」  自分で変人と言うハクタクに拙者は迷うことなく言った。 「単刀直入に聞く。ハクタクよ、お主は外の世界の地図か何か持ってないか?」  こちらの質問にハクタクは一度驚いてみせると急に背中を向けた。  いきなり背中を向けたハクタクにもしや聞いたら悪いことだったかと拙者は一度リープを見てからハクタクを見直す。  すると彼はぷるぷると全身を少し震わせてから両腕を挙げて言った。 「なんということだ!まさか戦士長を負かした強者が外に目を向ける方だったとは!私は今日この時に我らが神、龍王(トラゴンロード)に感謝したい!」  ハクタクの盛大というべきに歓喜に拙者とリープは唖然としてしまう。  ハクタクはしばらく1人で喜んでから気持ちを落ち着せると我々を家に招き入れてくれた。  家の中にも外に山積みにされてたのと似たような物がところどころに散らばっていた。 「いやあ申し訳ない。あまり嬉しくて我を忘れておりました。」 「い、いえ、お気になさらず…。」 「それで確か地図でしたね。少しお待ち下さい。」  そう言ってハクタクは散らばっている物から迷うことなくとある方向に行くと筒状にしてある一枚の紙を手に取り戻ってきた。 「これは私の宝であり、私が外を知ったきっかけとなった物です。」  縛っていた蔓をほどいて解くと両手で開きながらハクタクは言い、3人に地図を見せてくれた。  それははっきり言って地図の“切れ端”であった。  おそらくは壁に貼り付けるほどの大きい地図が元だったのだろう。  だが偶然にもその切れ端に載っている絵は自分が作ったロスヴァスの地図より半径数十kmの情報が書かれていた。 「これが、外の世界…?」 「いえ元祭祀長様、これはきっと外の世界のほんの一部です。」 「リープでいいわよハクタク。でもこれでまだ一部だなんて、信じられないわ。」  初めてみる大きな地図に深く関心を持つリープを横に拙者はハクタクに尋ねる。 「ハクタク、この地図はどこで手に入れたのだ?」 「ふふ長くなりますが、これは本当に偶然の発見でした。」  地図を前に左手を自分の胸に当てて思い出すようにハクタクは語る。  ハクタクの故郷は谷に位置したところにあり常に風が吹き続ける場所だったらしい。  ある日、ハクタクは役目として見回りをしていたところ皮とは違う薄い物が大木に引っかかって風に揺れていたのを見つけた。  また風で運ばれてきた物だろうと木登りが得意なハクタクは易々と登ってそれを回収した。  しかし広げてみた時にハクタクは衝撃を受けたのである。  それこそ外の世界の情報が書かれていた地図だったからだ。  元が探求心の強いハクタクはすぐにこの地図に惹かれた。  村の外にはまだ見たことのない世界があることに。  だが村では谷から絶対に出てはいけないという戒律があった。  だから破れて4枚になっていた地図をハクタクは密かに持ち帰った。  自宅で4枚の地図を眺めては若さ故もあったかもしれないが見れば見るほど興味が湧いてしまったハクタクはとうとう村から脱け出すことを決めた。  時間をかけて準備をしハクタクは深夜に決行した。  しかしあと少しで村を抜け出せるところまできた時、見回りに見つかり逃げる途中で地図にあった河に飛び込んで流れに身を任せた。  しかしそれが失敗だったと陸に出てから気づかれる。  なめした皮に文字や絵を書く知識はあっても紙というものは知らなかった為に革袋に水が入ってせっかくの地図が濡れてしまい4枚の内の3枚がダメになってしまっていた。 「ですが、私は諦めずにこの最後の地図にある絵を頼りにこのロスヴァスへと辿り着いたのです!」  最後は地図を自慢するように言ってハクタクの話は終わった。 「へー、この地図って奴は便利なんだな。」 「すごいわね。じゃあここに書かれている文字もわかるのハクタク?」  リープの問いにハクタクはドキッとして立てていた尻尾を下ろすと返した。 「それが、我々とは違った文字なので不明でして、絵と太陽を頼りに私は森を見つけロスヴァスに着いたんですよね。」  苦笑いで返したハクタクを横に拙者は地図をじっと見つめる。  大抵の地図は北向きに作られ地形など名前は横並びに書いているはずだ。  ハクタクの地図は元の全体図から多分左の端にあたる部分なのだと予測した。  なのでロスヴァスがあるのはやはり辺境に近い場所なのだろう。 (む?これは…。)  すると地図の右上の端に石柱か石壁みたいな絵の一部が確認できた。  これから出てくる可能性は2つだ。  1つは城壁、つまり国かそうでなければ大きな街。  もう1つは古い遺跡で観光地となっているかだ。  どうせなら前者の方がいいと思う。  そうなるとこの絵があるところまでいくにはロスヴァスの森を北に抜けてから描いてある河を頼りに北西を目指して進めばまず森を抜けることができる。  これでついに目的地も決まったとザウバーは軽く頷いた。 「ハクタクよ、実はもう1つ話があってな……。」  最初の目標が決まったところで拙者はハクタクを勧誘すると彼は大いに喜んでくれた。 「素晴らしい!まさかそこまで考えていたとは!そして私を同行させていただけるなんて断る理由はありません!ぜひお願いいたします!」  両手で拙者の右手を握って上下に動かしながら参加してくれる意思を示してくれたハクタクにこちらこそと頷いて返す。  こうして拙者は心強い仲間を3体得たのであった。
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