2章 二胴貫。

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「よっしゃ、これで人数は揃ったんだよなザウバー?出発はいつにする?」 「うむ、長旅は覚悟してもらいたいのでな。今は決めず各々がしっかり準備出来てから拙者に伝えてくれ。その間に村長や各長に話をつける。」  メンバーが決まったので拙者は決行について指示する。  指示に3体は異論がない意味で頷いてくれたのを確認してからその日は解散とした。  自宅に帰ってからリープと一緒に夜まで旅支度をした。  しかし作業をしながら拙者は2つのについて考えていた。  地図はあり目的地も決まった。  しかしそこへ向かう方角が今のところ太陽だけが頼りであるということだ。  せめて磁石のようなものがあればと考えるとハクタクのところにあった山積みの中にあるのではと考えたが天然の磁石と石の区別など自分には出来ない。  さらにもう1つは武器だ。  ロスヴァスで使っている武器は全てが倒した獣の大腿骨等の硬い骨、硬い木、石から削って作ったものばかりである。  この世界に地図が存在するならば外には必ず金属を加工する技術もあるとほぼ考えてよいだろう。  そんな相手と戦闘になってしまったらこちらが不利になるのは明白だ。  金属、武器と考えるとふと思ってしまう。 (刀が、“あいつ”があればのぉ…。)  そう思ってすぐに無理な話だなと拙者はため息をつく。  ここはもう前世の日本ではなく異世界なのだから物まで転移はできないし高望みというものだ。  とりあえず明日の朝にでもハクタクの集めたものから使えるものがないか調べてみようと考えを切り替えることにした。 「身の回りはこれくらいでいいかしら?」 「うむ、明日またハクタクのところに向かうつもりだがリープはいかがいたす?」 「うーん、私は薬草とか木の実を集めるから行けないわ。」 「承知した。なら、今日はもう寝よう。」  囲炉裏の焚き火に朝まで持つよう薪を追加してから拙者とリープは眠りに入った。  目を閉じて少しすると拙者は夢を見た。  森の中に自分1体が立っている中で空中に蛍のような淡い光が周囲を飛び回っている。 『…ザウバー…ザウバー……』  すると転生する前に聞いたあの声が今の名前を呼んできた。 「…また話せるとは思いませんでしたぞ。」 『時は満ちたと、そう思ったからです。』  どうやら自分の行いは見られていたかのような物言いになるほどと呟いてから尋ねた。 「一体何者か聞いてもいいかの?この際神様と言っても信じるぞ?」  こちらの問いかけに向こうは少し黙ってから返してくれた。 『そうですね。これからあなたが歴史を変えようとしているのに名乗らないわけにはいきませんね。』  相手の返事に歴史?と首を傾げていれば周囲に漂っていた光が急に視線の先へと集まっていき大きな光の球体になると激しい光と共にシャアンッと爆ぜた。  眩い光に手を前に出し目を閉じて防いでみせた拙者は少しして眩しさが収まったのでゆっくり前を見直せば驚いた。  目の前に見えたのは先ほどの森ではなくまさに宇宙と呼ぶべき空間。  そして自分を見下ろすそれは紛れもない龍の顔だった。  全体が青白いが頭から生えた4本の角に全体を覆う柔らかな毛、圧倒されそうな顔つきの中にある慈しみを含んだ瞳。  ただ全体というわけではなく拙者が見ているのは首から上だけの龍の顔だった。  それでも、自分の身長を遥かに越えていたので全長は相当な大きさなのだろうと想像してしまう。 『私は龍の母、龍母神ディヴァス。リザードマンを造りし者です。』 「リザードマンを、造った…?」  龍母神と名乗るディヴァスの言葉に拙者は相手がリザードマンの生みの親であるという認識と共に疑問を感じた。  村で聞いた話ではリザードマンは魔界なるところから魔王軍の兵としてこの世界に来てその魔王が倒され撤退する時に置いてかれた存在だと聞いた。  だからてっきりリザードマンは魔界の住人的な者かと思っていたからディヴァスの造ったという言葉が気になった。 「造ったと言ったが、本当に彼らは作られた存在なのか?」 『はい、最初はただ兵士として使う為に生み出した存在でした。』 「ということは貴殿も魔界の者と見てよいのですかな?」 『ええ、ですが私はもう魔界にはいません。あの時、この世界に残った方ですから。』  あの時というのはおそらく魔王軍が撤退する時のことだろうが龍母神と呼ばれる者がなぜ魔界に帰らなかったのだろうとまた疑問が浮かぶと考えを読まれたかのように話してくれた。 『あの戦いで私は多くの家族を失ってしまい気づかされたのです。争いは争いを呼び、奪えば必ず何かを失う。その悲しみに私は戦いを捨てようと決意してこの世界に残りました。』  その時に同じく残った竜と残されたリザードマン達にも平穏が訪れるようにとディヴァスはリザードマンという種族に“性別と心”を与えたのであったと語りだす。  ディヴァスの与えたものは最初は成功した。  リザードマン達は生きる為に手を取り合い仲間を作り、各地で村ができ、そして愛が芽生えて繁殖していった。  だけど年月が経つと事件が起きた。  元々この世界において部外者とも言うべき存在であるリザードマン達によって始まった食糧源になる領地の取り合い、さらには敵対していた人間達による排除行為が各地で広がったのだ。  翼と力のある竜ならば対抗も出来ようがどちらもないリザードマンは徐々にその数を減らしていった。 『その悲惨な光景に私は二の舞になることを恐れました。また何かしないといけない。でも私は皆に大きく力を使い肉体を失ってもはや魂だけの存在となっていました。』 「だからこそ、拙者に白羽の矢を立てたと?」 『はい、リザードマンを救うにはもはや人間達と敵対するのではなく人間達と和解し合うことこそが最善だと思いました。』  しかしディヴァスにはかつて敵対したヒトの心などわからないしこの世界のヒトはリザードマンに対して根強い敵対心があるので頼んでもうまくいくかわからない。  ならばこの世界ではない別の世界から呼んだ人間をリザードマンにして共存の道を作ってもらおうと考え、ディヴァスは時空を越えて飛んだのだった。  様々な異世界へと飛んでディヴァスが最終的にたどり着いたのが拙者の前世地球であった。 『私は探しました。正しき心と分け隔てない器量、そして誠の強さを持つ者を…。』  龍母神の言葉と自分を選んでくれたことの熱意に拙者は改めて心動かされた。 「ならば、拙者の役目は架け橋というわけだな?」 『はい、どうかリザードマン達が人間と手を取り合える道を作ってください。その為に、あなたの旅の力となる物を渡しにきました。』 「力…?」  聞き返す拙者の少し上でまた光が小さく集まってから弾けると現れたものにまた大きく驚かされる。  深緑に染まった柄と風車を模した形の鍔。  鋼で出来た同じ色の鞘に付いた対照的な朱色の下緒(さげお)のまごうことなき日本刀が現れたからだ。  それは人間だった頃に自分の自宅で大事に保管していた祖父の代からある唯一無二の一本。  価値にすればそれこそ蒐集家ならば都会の新築の家2軒分を払ってでも欲しがるだろう。 「神仏拵(しんぶつこしらえ)二胴貫(にどうかん)!本物か…!?」 『どうぞ、あなたの目で確かめて下さい。』  ディヴァスの声と共にゆっくり自分の目の前に降りてきた二胴貫を両手で受け取る。  ずっしりと感じた重量感に懐かしさを感じながらも期待と緊張を持って右手で柄を、左手で鞘を掴んで腕を左右に開いて抜き、その刀身を見つめた。  抜いて天へと掲げた刀は刃長72.5cm、反りは2.3cm、厚重ね三分の乱れ刃の太刀。  豪刀と名高い同田貫一派が作った重量級で正に豪刀という名に相応しい一本である。  元の名は大業物(おおわざもの)神仏拵・同田貫だったが江戸時代、その刀で罪人2人の身体を重ねて貫きさらに両断したことから二胴の名を与えて神仏拵・二胴貫となった。  拙者も全盛期は二胴貫を手に居合術等を披露していたが人にとってはボディービルダーが使いそうなくらいのダンベルに等しい重さのそれは老いと共に振れなくなり晩年はただ手入れの行き届いた部屋の飾りとなっていた。  転生してもう会うことはないと思っていた愛刀を再びこの手に持っていることへの実感と感動がやってきて拙者は目に涙を浮かべてしまい右手の甲で拭った。  何より、人間より腕の筋肉が発達している今のリザードマンの身体だと二胴貫は杖を持っているかのように軽かった。 『喜んでいただけて何よりです。』 「感謝致す龍母神よ。これならば旅の不安が一気に減りました。」  カチンとよい響きを立てて鞘に戻すと拙者はディヴァスに向け深々と一礼して感謝を伝える。 『ふふ、ではもう1つ。あなた達の旅に役立つ力を…。』  するとディヴァスがそう言ってきたのに拙者がもう1つ?と聞き返す為に顔を上げた直後、また眩い光を受けて思わず目を閉じてしまった。
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